Sunday bloody Sunday

version1.



47、48、49、50。腹筋を終えると、次は片手で腕立て伏せをする。左
手と右手、片手でそれぞれ10回。1セット終えるときっちり10数えて息
を整えてひと休みし、左手・右手と繰り返す。これを3セット、最後の1
回、右手で体を持ち上げるときには思わずうめき声が出てしまった。


「また、やってるの」
ベッドから夏美の声がした。レースのカーテンを通して夏の朝の光が差
し込んでいる。腕立ての後、もう一度10まで数えてから背筋運動に移っ
た。うつ伏せになってベッドの端につま先を引っかける。両手を頭の後
ろで組んで上体をそり起こす。ベッドがきしんだ。顎の先を伝って汗が
フローリングの床に落ちる。30回を3セット、Tシャツの前が汗でじっと
り濡れている。


「いいかげんに起きたらどうだ」
夏美に声をかけてシャワーを浴びに行った。この夏は夏美と暮らしてい
る。夏に付き合う女だから夏美、悪くない。もっとも名前を知ったのは
寝た後だが。


飲んでいるときには、やたら眼が良く動く女だと思った。回ったかと思
うと、右に寄ったり左にいったり。黒目がじっとしていない。真っ黒な
瞳と澄み切った白眼。思いっきりコントラストのきいた目がくるくる動
く。


指が透きとおるように青く、細い。短い髪をセシールカットにしている。
日本人だとは夢にも思わなかった。もちろん16歳だなんて想像もできな
い。それほど夏美の英語は堂に入っていた。話題も、30男と対等に話せ
るほどバラエティ豊富。ときおり見せる笑顔が幼さを感じさせたが、そ
れは逆に魅力でしかなかった。


行きつけのバーは、チムサッチャイ・ハノイロードにあるドイツ人の店
だ。客は外国人が多いが、日本人が来ることはまずない。日本人の、し
かも16歳の女の子が、たった一人で来るなんて考えられなかった。どん
ないきさつで夏美と声を交わし、隣り合わせで飲み、寝ることになった
のか今となってはよくわからない。そのバーで女を拾うことはよくあっ
た。自分が声をかければ、来てくれる。そんな女が集まっているのが、
そのバーに通っている理由だった。


ともかく朝めざめたら夏美が隣で寝ていた。目覚めた夏美と一緒にコー
ヒーをすすり、ディール成立。その日の夕方、ペニンシュラまで荷物を
とりに行き、夕食を食べ、一緒に部屋に戻ってきた。荷物といってもハ
ンティングワールドの紺のショルダーが一つだけ。夏美が寝ている間に
パスポートをのぞき見て、初めて16歳の日本人であることを知ったのだ。


まさか40前になって10代の女と付き合うことになるとは思いも寄らなかっ
た。それだけに新鮮で、面白かったのだ。一緒に街をほっつき歩き、晩
飯を食い、酔っぱらい、セックスをする。休みの日には島へでも遠出し
て泳げばいい。どうせ1ヶ月後には日本へ帰るのだから、後腐れもない。
20も歳が離れていることは開き直ってしまえば何でもなかった。


不思議と話が合った。返還後の香港の微妙な立場、江沢民らいわゆる上
海閥の動きから北朝鮮の動向まで、あるいは文学について。37年生きて
きたが、ドストエフスキーについてまともに話せる人間にあったのは初
めてだ。もっとも話しをしたのは4日目から。最初の3日間は貪るように
セックスをした。何しろ返還前はごたごた続きで女どころではなかった
のだ。日本の女に対する純粋な興味もあった。


4日目からは話しをする時間の方が長くなった。英語を外国語とする者同
士だから話が通じやすい。そして夏美は日常会話なら不自由ないレベル
で広東語も話せた。私が白バイ警官であると知って、しばらくは質問責
めにあった。


「どうして白バイなんかに乗っているの?」







本日の稽古:

  ようやく階段を普通より少しぎこちない歩き方で降りれるようになっ
  てきた。明日からは無理ない範囲で稽古復活の予定。