プランナーとしての中島らも


負けました。完璧に。


当たり前やんけという突っ込みはなしね。


作家としての才能はもちろん(だって私はまだ書いてないんだし)
コピーライターとしても無論(賞とったことなんてないし)
役者として(これはたぶん真似でけんなぁ)
シンガーとして(カラオケやったら最高93点やけど)
人望家として(家に百人も居候集められるかふつう)
前科者として(これだけは間違っても絶対に勝ちたないな)
稼ぎでも(一体、なんぼ儲けたはったんやろ)
男前でも(ビシッとした眉毛、うらやましわ)
酒の飲みっぷりでも(瞬間的にはええ勝負までいったこともあるかな)
ラリ中でも(眠気覚ましのがぶ飲みちょいトリップはしたけど)
出身校でも(天下の灘にトップクラスで入学やしな)


そしてプランナーとしても…。


『株式会社日広エージェンシー企画課長中島裕之』は、らもさんの企画
書、絵コンテ集である。


前書きの代わりが、履歴書。ものすごく、きちんと書かれている。スポー
ツが水泳というのが笑わせてくれる。続いて企画書。かねてつに提案し
た雑誌広告『啓蒙かまぼこ新聞』のもの。手書きである。これも便せん
のケイ線の中にきっちり収まるように書かれている。内容は、ものすご
くまとも。


住友金属工業に出したCF案なんて、ボツになったらしいが、今でもそ
のまま使えるやんかと思えるぐらいロジックの裏付けがあって、しかも
そこから飛躍したクリエイティブ(これは最高です)になっている。


すごい、というか、お見事というか。


そして、この本の最高の見所は表3にあしらわれた企画シートだ。らも
さんは確かA2ぐらいの紙の真ん中にテーマを置いて、そのまわりに連
想ゲームのようにいろんな考えを書き込んでいってコピーを作っていた。
著作のどれかに書かれていたのだが、その実物を初めて目にした。


どれだけ緻密に考えていたかがわかる。
どれほど頭を振り絞っていたかが伝わってくる。


漢方薬の広告を考えているうちに『ホモ・ルーデンス』なんて、でてき
ませんて、普通。これ、自分で書いて自分で「フルー!!」と突っ込ん
でいるところが笑える。ともかくイマジネーションをめいっぱい広げる
一方で、チェックボードを用意し、商品コンセプトも書き込んである。


マジメなのだ。


日広エージェンシーの社長が、それぞれにコメントをつけているのだが、
ともかくらもさんはまともな人だったことがよくわかる。恩義を忘れな
い人であることも。雑誌、テレビ、ラジオと自分が稼いだギャラをずっ
と自分の売上として会社にいれるような人であった。単行本の印税も会
社に入れていたそうだ。


社長に付き合って毎晩、どんなになるまで飲んでいても朝9時には出社
するような人でもあった。社長から「独立せえ」といわれると、ポロポ
ロと涙を流して「ありがとうございます」と深々と頭を下げることので
きる男だった。


人に愛されて当然である。


小説を書くときは呑みながらだったが、それでもものすごくきちんと考
えて書いていたはずだ。この人は。あふれ出る才能に任せてというタイ
プではなく、考えて考えて、考え抜いて書くタイプだったのだと思う。


手抜きができない。だからこそ、酒も薬もとことんまでやった。そう思
う。何に対しても「いい加減」のできない人だったのだ。すばらしい。


改めて、人生の師と勝手に呼ばせていただきます。


でも、この本を読んで、たった一つだけ勝っているところがあることも
わかった。オレの方が字はキレイやで、らもさん!






本日の稽古:


  

株式会社日広エージェンシー企画課長 中島裕之

株式会社日広エージェンシー企画課長 中島裕之