選ばれなかった選択肢を考える


街場のアメリカ論 NTT出版ライブラリーレゾナント017

街場のアメリカ論 NTT出版ライブラリーレゾナント017


『街場のアメリカ論/内田樹』から。


このところ、強い関心を持っている複眼思考の例がわかりやすく書かれ
ている。その一例。中国、韓国は小泉首相靖国参拝をあれほどまでに
非難するのに、第二次世界大戦に関しては中韓と同じ立場にあるはずの
アメリカは、なぜまったく咎めないのか。


靖国問題の中核になっているのはA級戦犯の合祀にある。そして、そも
そも誰をA級戦犯とするかは、アメリカが決めたようなものだ。つまり
ロジックを素直におっていくならば、小泉首相アメリカ主導の東京裁
判に真っ向から楯突いているとも考えられる。


それでなくとも、そもそもアメリカが対日戦に巻き込まれたのは、日本
真珠湾を先制攻撃したからだと。これがアメリカの公式見解のはずだ。
言うまでもなく、その先制攻撃を仕掛けた主導者たちがA級戦犯とされ
た人たちである。ということは彼らが祀られている靖国神社小泉首相
が参拝することは、ある意味アメリカに対する反逆行為でさえある。


ここまでが一つのロジックである。このロジックに従えば、アメリカも
小泉首相靖国参拝には相当な不快感を示すはずだ。


そして仮にブッシュ大統領小泉首相に対して、靖国参拝は反米的行為
だからやめるようにと言ったら、小泉首相はどう反応するのだろうか。
100%確実にとまではいえないが、十中八九、参拝を取りやめるだろ
う。しかしブッシュさんは、小泉首相の行為を、内心でどう思っている
かは別として、黙認している。


なぜか。その背景には、別のロジックが働いているからである。すなわ
アメリカのアジア戦略だ。


アメリカとしては、日本と中国、韓国が政治的な連合状態となることを
好まない。それはアジアにおいてアメリカと対立する可能性のある一つ
の極が生まれることを意味する。その極とアメリカの関係は、完全に対
等レベルとはならないかもしれない。しかし、少なくとも今の日本のよ
うな対アメリカ従属関係とはならない。


これはアメリカにとってはまったく好ましくないシナリオとなる。


アメリカとしては、日本と韓国、中国が付かず離れずより、やや冷めた
関係でいてくれる方が好都合である。なぜなら、その状況下では日韓中
のいずれに対しても、アメリカの影響力を保持できるからだ。


といったようなことが『街場のアメリカ論』のまえがきに書かれている。
そして著者の内田先生(と勝手に先生にしてしまうのだが)は、だから
こそ選択されなかった選択肢をとっていた場合に起こりえた未来(とい
うか選択時点からみれば現在ということになる)を考える重要性を説い
ている(ちょっとややこしい言い方だな)。


ものすごく簡単にした例を挙げるなら、この前の自民党の総裁選挙で小
泉首相が勝っていなかったら、いまの対米関係、対中関係などの外交状
況がどうなっているか。あるいは構造改革国債財政問題)、景気、
郵政民営化がどうなっていただろうかと考えることだ。


これぞ、複眼思考だと思う。


たとえば、小泉首相が中国の胡主席の求めに応じて、靖国参拝をやめれ
日中関係はどうなるのか。すでに経済的に(日本にとっては食料自給
的にも)ほぼ一心同体となっている日中が、政治的、あるいは両国民の
意識的にも強い共同意識を持った場合、アメリカは政治的だけではなく
経済的にも相当に追い込まれている可能性がある。


もしかすると双児の赤字問題の悪化、ドル暴落からひいては世界経済の
悪化なんてことになっていたかもしれない。あるいは日中関係が良好に
なり、中国の人が日本にどんどん来るようになった結果、SARSが日
本で大流行していたかもしれない。もちろん、今年起こった反日デモ
なかっただろう。


そのときロシアはどうなっていただろうか。あるいはインドは……?


このように考えてみることが、思考の幅を広げてくれる。小泉首相は、
こうしたオプション思考をしているのかなあ。あるいは外務省内にはこ
うした可能性を検討しているセクションは、当然あるんだろうなあ。



昨日のI/O

In:
『大人のための文章教室』清水義範
『街場のアメリカ論』
Out:



昨日の稽古: