ゴーンさんの鳥の目


2兆円の借金を5年で返した人


死にかけていたというか、ほとんどひん死というか。実は半分以上死んでいたという噂もある日産を建て直した人、カルロス・ゴーンさんである。今でこそ日産の救世主だとか、理想の経営者だとか、それこそ稀代のCEOとして賞賛されるばかりだが、初めて日本に来たときにマスコミが浴びせた洗礼はなかなかに辛辣だった。


いわくコストカッター。いわく秩序の破壊者。


日産を復活させるために国内の工場をいくつも閉鎖し、系列も徹底的に解体した。系列企業と持ち合っていた株は一方的に売り払う。そして、リストラに次ぐリストラの嵐。仕入れ先を絞り込み、強烈なボリュームディスカウントを求める。


「そこまでやるのか」「解雇された工場労働者に明日はあるのか」など一時はマスコミお得意のお涙頂戴仕立ての報道特集や記事が盛んに流されていた。が、あれよあれよという間に日産が復活基調に乗ると、みんな手のひらを返したようにゴーンさん賛美に走る。


勝てば官軍は日本の伝統である。節操がないという。融通無碍ともいう。話は少しそれるが、このいかにも日本的な態度の翻し方は、実はなかなかに優れた処世術(思考法といってもいいのかもしれない)ではないかとも思う。それはさておき、個人的にとても強く惹かれるのがゴーンさんの視点と思考である。


日経ビジネス4月17日号に「親は子どもに何をすべきか」と題したゴーンさんのエッセイ(というには、少し主張色が強いのだけれど)が寄せられている。結論から言えば、親は子どもと過ごす時間の質を高めよと。これである。「時間の質を高めよ」ですよ。これって言葉にされてみるとなるほどねえ、と感心するしかないのだけれど、なかなか思いつかないフレーズだと思いませんか。


もう少していねいに主張の展開をたどってみる。


まず子どもの教育とは、知識の獲得と人格形成をセットで考えよ、と最初に説く。知識については学校が重要な役割を果たし、親はそれをサポートする立場である。一方の人格形成については、学校での教師や友人とふれあいに加えて、最も身近な存在である両親の役割が大切。つまり子どもと過ごす時間の質が問われるわけ。


そこでよい影響を与えるためには、夫婦間のバランスが重要と続ける。だからといって男女の役割をこれまでのステレオタイプな考え方には決して限定しないのがゴーン流だ。父が優しさを、母が厳しさをと通常とは反対のケースがあっていい。また両親が離婚していたり、仮に家庭が崩壊していたとしても、それらは克服できなハンディではないとも語る。


すごいなあと思うのは、この視野の広さと思考のフラットさだ。


視野が広いのは、物事を俯瞰的に見ることができるからだ。つまり、いろんな出来事を普通の人よりすいぶんと高いところから見ているに違いない。これを称して「鳥の目」という。では、なぜゴーンさんはそんな視点を持つことができたのか。おそらくは訓練の賜物だろう。


青年ゴーンはパリのエコール・ポリテクニーク(ecole polytechnique)で学んでいる、ここはフランスでも理工系エリート養成のための高等教育機関で、グランゼコールのひとつ。バリバリのエリート教育を受けたわけだ。エリートの解釈はいろいろあるが、個人的には普通の人よりも数段高い視点を持てる人だと思っている。だからリーダーを任せられる。


アメリカでも、イギリスでも、あるいはドイツでもフランスでも、このようにエリートを養成するための教育機関がある。国を引っ張っていく人間には、それなりの教育が必要だという認識があるからだろう。アメリカのそうした高校に子どもを通わせた方の話では、二言目には「君たちはエリートなのだから」というセリフを叩き込まれるそうだ。どういうことかといえば、普通の人と同じ目線でものを見るな、という教えである。それでは人を引っ張っていくリーダーにはなれない。


リーダーとなるためには、人一倍(というか三倍ぐらいだと思うけれど)努力をし、その努力によって秀でた能力を身につけ、さらには常に高い視点を意識する。そしてリーダーたるべく毅然とした態度と、しかし徹底した優しさを身につけなければならない。20歳前後の若者にこうした教育を施す機関が欧米にはある。


日本には、今のところそうした教育機関はない。だから日本がダメだとか、欧米がいいという話をしているわけではない。子どもの将来の選択肢としては、そんな教育機関もありますよということです。松下政経塾がめざしているのも同じような理念だとは思うけれども、鉄は熱いうちに打てである。エリートを育てるなら本当はできるだけ若いうちにやるべきである。




昨日のI/O

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昨日の稽古:西部生涯スポーツセンター

 ・ミット稽古(徹底して左を使う練習)