ガス抜きはご自分で


兄が妹を殺して切り刻む


ショッキングな事件だと思う。東京渋谷で歯科医を目指していた予備校生が、妹を殺害した。兄妹だから可愛さ余って憎さ百倍だったのかといえば、そうでもないようだ。この兄妹はもう三年ほど会話がなかったともいう。なぜそこまでのキレ方をしてしまったのか。


どうもキレる人が増えているような気がする。それは何も血気盛んな若者だけに限った話ではない。ええ歳こいたオッサンやすでに爺さんの域に達している人までがいきなりキレた。なんて事件も時おり聞こえてくる。昔と比べてキレる人が実際に増えているのかどうかは知らない。キレる人の数についての統計的なデータがあるという話も聞いたことがない。


が、とりあえず今は人がキレやすい環境にあるのではないかと思う。その理由は抑圧社会にある。


昨年は「格差社会」がよくいわれたが、実は今の日本では社会全体に非常に強力なプレッシャーがかかっているのではないだろうか。これが『抑圧社会』の所以である。そのプレッシャーはそれと意識されることはないのだが、ほとんどの人に網羅的にかけられている。圧力がかかればバネは縮む。縮んだバネはある程度までいくと、強い反発力を持つ。それが伸びにつながる。こうしたプレッシャーは成長のための起爆剤となる。


が過度のプレッシャーは両刃の剣でもある。あまりにも強力過ぎる圧がかかると、バネは反発する力を失い壊れてしまう。人を単純にバネにたとえてしまうことには無理があるとは思うが、それでもバネが壊れるように心が壊れてしまう人が増えているんじゃないだろうか。


圧力のかけ方(正確にはかけられ方というべきかもしれないが)には細心の注意が払われて然るべきである。自覚的なプレッシャーはいいのだ。自分で意識し、自ら進んで自分に負荷をかける。これは成長のための糧となる。たいていは限界にまでいくことはなく、本当に苦しいと思った時点で圧力を抜いたり弱めたりコントロールすることもできる。


あるいは、その人のことを真剣に考えている人間が、その成長のためにとかけてやるプレッシャーもありだと思う。親が子どもにかけるプレッシャーは、親が冷静さを保てる限りは、子どもを伸ばす力になり得る。こうしたプレッシャーは親を先生に入れ替えてみたり、コーチに替えても同じことになるだろう。


問題なのはそうした「善玉・自覚的」プレッシャーではなく、無意識のうちにしかも強制的にかけられてしまう圧力である。


とりあえず絶対数の減っているいまの子どもには、そうした圧力がかかっている危険性が高い。当たり前のことではあるが、昔のように一家に何人も子どもがいる場合と、一人っ子ではその子に対する期待度は変わってくるだろう。親はもちろん、じいさん・ばあさんも孫をとてもかわいがる。単にかわいがるだけでも、かわいがられている当人には何らかの圧力はかかる。兄妹が多ければ、そうした圧力の一人あたり分も減るだろう。


これが家庭内だけの話かと言えばそうでもない。学校でもいまは少人数学級が基本となっている。私の小学生時代(今から40年前の話になるけれど)にはクラスは基本的に40人だった。ちなみに中学・高校は50人弱だった。それぐらい人数が多いと、先生だって事細かに一人ひとりに対応しきれない。これは生徒の側からすれば、一人あたりプレッシャーが減るということではなかったか。


個人的経験でしかないが、確かに自分の小学校時代にも乱暴者やガキ大将タイプはいたけれど、いきなりキレるような奴はいなかった。これは学校でかけられる一人あたりプレッシャーに今とは明らかな差があったからかもしれない。


あるいは企業でも同じようなことがいえるんじゃないだろうか。つまり一時の強烈なリストラを経て、今は社内の人が減っている。ということは、やはり一人あたりプレッシャーは強まっていると考えられないだろうか。


さらに現代には『情報プレッシャー』もあると思う。特にこの5年ぐらいで人が、たとえば一年間で受ける情報量はそれ以前の百倍とか千倍、下手すると何万倍にもなっているはずだ。インターネット、しかもブロードバンド化のおかげである。情報量が増えることは基本的には良いことなのだろうが、インプット量だけが一方的に増えてしまうと取り込んだ情報を消化しきれない恐れもある。


インプット/アウトプットのバランスが取れていてこそ、人の精神がニュートラル状態を保てるのだとすれば、今はおそらく圧倒的にインプット超過の状態だろう。そうした過剰なまでのインプットが何らかのプレッシャーとなって作用する可能性も大いにあるはずだ。


要するにいまの日本はプレッシャー過多社会、すなわち『抑圧社会』なのである。だから、一人ひとりが自分で意識的に定期的にガス抜きをしなければならない。ガス抜きにはとりあえず、非日常空間に身を置くことが一番だ。もっとも簡単な方法は、行ったことのない外国へ一人で行くこと。だけれども、必ずしも外国である必要もない。


いつもとはまったく違う状況の中に、一人でいること。そして、いつもの人からの連絡を絶つこと。できれば最低でも24時間。これを三ヶ月に一度ぐらいの割合でやるべきだと思う。


子どもに対しては、外国もいいし、今ならアウトドアに連れ出してやるだけでも効果があると思う。



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・懸垂