年賀状頼りで大丈夫?


前年比7%減、総数38億枚


今期発行された年賀状の数である。年賀状は実に年間の郵便物引き受け総数の約15%にも上る。これで4〜9月期の赤字(になっているそうだ)を一気に年賀状で穴埋めするのが郵便事業のビジネスモデルだという(日本経済新聞1月10日)。


その頼みの綱の年賀状の枚数が年々減るばかり。前年比では7%減っていて、しかも7年連続のマイナス。理由ははっきりしている。若い人というかケータイ世代を中心に、年賀状を書くより「アケオメ」メールを送る人が増えているからだ。


ということは、その流れは加速こそすれ逆流することはないだろう。


そもそも今年度(06年度)も中間期決算では714億円もの赤字、これを年賀状で何とかカバーして07年3月期には91億円の黒字にもっていっている。年賀状離れがトレンドとしてあるなら、いずれは年賀状だけで巨額の赤字を埋めることは難しくなるだろう。


ここで少し考えてみたいのが、なぜ年賀状は黒字で、通常の郵便事業は赤字なのかということ。


年賀状はいうまでもなく極端な短期集中である。もちろん人手も普段の何倍もの増員が必要となる。が、これを郵便局は基本的にバイトでまかなっている。つまり変動費だ。


そして労働効率からみれば年賀状の配達ほど効率の高いものはない。だって一軒の家に何十枚もの郵便物を一度の配達で届けられるのだから。一人あたり配達枚数を考えてみれば、年賀状配達に携わるスタッフがこなす枚数はおそらく、普段配達に回っている正職員の数十倍、へたすれば数百倍に上るだろう。


いうまでもなく年賀状配達バイト君たちと、郵便局正職員さんの時間コストには雲泥の差がある。つまり単純に配達部数だけで比較すれば
年賀状配達バイト:1000枚/1000円
郵便局正職員さん:10枚/10000円
みたいなことになっているわけだ(数字はあくまでも仮定ですけれど)。


だから年賀状以外の郵便事業では大幅な赤字となる。そんなの当たり前の話だって。


ここでおもしろいというか、妙な話がある。

昨年12月、総務相の管義偉は手紙やはがきの集配事業に民間企業の参入を促す法改正の見送りを決めた。総務省は前総務相竹中平蔵の研究会がまとめた報告書をもとに宅配業者など複数の企業が連携して全国サービスを提供することなどを認める方針だった。
しかし「このまま民間と競争すれば郵便事業はひとたまりもない。民営化自体が失敗してしまう」(郵政公社幹部)。
日本経済新聞1月10日)


いかに郵便事業が非効率的か。その非効率性のツケを誰に回しているかがよくわかる話ではないか。という流れになりかけると、郵政民営化に反対する人たちが必ず出てくる。彼らの反対論の根拠は、民営化し効率を追求すれば、必ずサービスに不公平が出るということ。


しかしである。たとえばいま、クロネコさんが行かない/行けないところってあるんだろうか。もしかしたら郵便局が配達に来てくれないようなところでも、クロネコさんなら荷物を持って来てくれるし、取りにも来てくれるんじゃないんだろうか。もちろん配達にかかる料金は離島等になってくると割高にはなるが。


日本の郵便事業を一方的にけなしているわけじゃない。郵便物を出したら必ずきちんと相手に届く。この安心感はおそらく世界一のレベルにあると思う(最近は、その信頼感を揺るがせるような事件もときどき起こっているみたいだけれど)。イタリアや中国の郵便屋さんとかに比べたら、うんと信用できると思いませんか。


またこれまでに郵便局が果たして来た役割を否定するつもりもまったくない。明治以来、郵便局が担って来た機能は、日本がここまで成長するための極めて重要なインフラだったと思う。


しかし、過去に有意義だった制度が時代の変化に対応できないケースも多々ある。巨大化した組織ほど、変化に弱いのは恐竜の最後と同じ。そろそろ郵便事業そのものが、本来の役割を終える局面に来ているのではないのだろうか。


いずれ年賀状がこのままのペースで減り続ければ、郵便事業は赤字補填商品を失うことになる。そうなる前に手を打つべきだと思う。郵便局の人たちのためにも。



昨日のI/O

In:
クオリア入門/茂木健一郎
『問題解決プロフェッショナル/齋藤嘉則』
Out:
某社戦略的広報企画提案書
某社取材依頼用レジメ
田中まこさんインタビュー記事訂正

昨日の稽古:

・懸垂
・レッシュ式腹筋