『宮本むなし』うまし


豚の生姜焼き定食:690円


まあ、特に期待していたわけではない。出張帰りの夜10時半、西大寺。これから家に戻っても食べるものはない。これまでならタクシーに乗ってコンビニに寄ってもらって、ちょっとしたつまみとカップラーメンでも買って帰って、ビールと焼酎で・・・。といった案配だったのだが、今年の目標として週三回のアルコール抜きを心がけている以上、今夜は飲むわけにいかない。


飲まないとなると急激に食事が貧相になる。出張で疲れて帰ってきてのコンビニメシはちょいとわびしいのだ。そこで思い出したのが定食屋さんである。「そうそう、西大寺にはなんか定食屋みたいなのがあったな」と探してみるに、すぐ見つかった。その名を『宮本むなし』という。


正直なところ店名を見て、この店はいかがなものかと思った。話はそれるが、四十六年と十一ヶ月二十日ばかり生きてきて、もっとも繰り返し読んだ本が吉川英治先生、不朽の名作『宮本武蔵』である。文庫版にして全八巻の大作をおそらく二十回は読んでいるだろう。それぐらい自分にとって『宮本』と『武蔵』という言葉は大切なキーワードなのだ。


然るに『宮本むなし』である。その人をおちょくったようなネーミングにすでに店の正体が現れているのではないか。店の表から中をのぞけばごくごく普通の定食屋にしかみえない(あとから考えれば、この時点ですでに一つ決定的なポイントを見逃していたことに気がついたのだが)。ノリとしては牛丼の『松屋』が近いように思えた。


が、仕方がない。ほかに選択肢はないのだ。ままよとばかり入ると、券売機である。最初の接客を拒否しているのである。「お客さん、今日は何にされます?」なんて具合に声をかけてもらおうとは思わないが、券売機も味気ないものだ。しかも前でカップルが「どうする?」「う〜ん、私は今日は卵焼き定食の気分かな」「え〜、オレもそれにしょう思てたのに」「一緒はあかんやん」「ずるいなあ」などとじゃれあっておるのである。ついでに兄ちゃんの方は、ちょっと体臭きつめだったりもして、こちらのげんなりムードに輪をかけてくれる。


ようやくうざい二人がどいて、さて何にしようかとボタンを見ていくと注意書きが一つ。「おかずのみで、飲み物のご注文はお断りしています」とあるではないか。ここでちょいサプライズである。こちらがとりあえずビールでも飲んで、何かつまんで、酒でも引っ掛けてといった気分で来ていたなら「なんやと、ごぉらぁ」みたいなリアクションになるのだが、今夜はごはんを食べにきているのである。誠に勝手な話ではあるが、そういう気分の時にはこうしたただし書きがあるというのは、誠にもってよろしいと思うのである。だってねえ、はっきりいっって酔っぱらいお断りってことじゃないの(ちゃんとごはんを食べてくださいってメッセージでもあるし)。


などとチラッと考えながらも、何を食べようかと券売機のメニューを眺めると、そこにも微妙にこだわりを感じるのだ。もちろん焼肉定食なんて王道メニューも備えていながら、ホクホクコロッケ定食(って何だかおいしそうだと思いませんか)とか、正確な名前は忘れたが栄養バランス定食だとか。大上段に構えてうちはヘルシー素材を使ってますからなんてことをいうのではない。でも、定食屋チェーンなんですけど、安い素材を使ってるんですけれど、それでも一応気配りしてます的な控えめ主張があるように思える。


ままよとばかりに、豚の生姜焼き定食を選んだ。さて、どこに座るべえかと店内に進んでいくと、これまた座席レイアウトが妙なのだ。普通、こうしたファストフードチェーンが血眼で追求する効率性を少々無視したテーブルの配置になっている。わかりやすくいえば、ムダな空間があるのである。しかしここでいいう「ムダ」というのは店舗側の論理であって、それが客の目にどう映るかといえば「ゆったりしてていいじゃん」となるのだ。恐らくは一人客を意識したのであろうカウンターもあるが、決して隣と肘をぶつけて食べなきゃならないような間隔とはなっていない。


そしてテーブルに着いた。お姉さんが食券を取りにきた。そこから待つこと、しばし以上の時間がかかった。この手の定食屋にしてはちょっと時間がかかってるんじゃないかと思いつつも、それはどちらかといえば文句を付ける態度ではなく期待感からのこと。なぜなら、テーブルに置いてあったお茶がなかなかの味わいだったからだ。やはりふつうはこうしたタイプの店では、お茶などにはゼロコストで臨みたいはずである。お茶の味がわかる人などそもそも相手にしてないのだから当然なのだが、だからこそまともな(まとも以上といっていいと思うが)お茶が出てくると驚くのだ。


そして出てきた生姜焼き、うまかったです、はい。きちんと時間をかけて作られた味であることがわかりました。みそ汁もちゃんと作った味がしたし、ごはんそのものもおいしかった。おまけにフロア係のお姉さん(年の頃なら二十代後半、もしくは三十過ぎぐらいか)も佇まいのよい女性でかなり好感度高かったし。いや、今どきの定食屋、なかなかに恐るべしである。



昨日のI/O

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『インテリジェンス 武器なき戦争/手嶋龍一・佐藤優
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