不明コストゼロモデル


「我が社には間接経費という概念がない。犯人の分からないコストはない」


と語るのは京都製作所・橋本社長(日本経済新聞1月30日)。飲料や日用品メーカーが工場出荷直前に使う梱包機のメーカーである。この手の機械はカスタムメイドが原則。量産効果が効かないためよほど顧客に対して価格交渉力が強いか、あるいはオリジナリティが高く(他製品での代替が効かない)ない限り大きな粗利を稼ぐことは難しい。BtoBマーケティングの世界ではごく普通のことだ。


にも関わらず同社の営業利益率は07年3月期で13%を見込んでいる。特に画期的な製品を抱えているわけではない。にも関わらず高い収益性をキープする秘密は徹底したコスト管理というわけだ。


もとより企業活動の究極的な目的がキャッシュを増やすことだとすれば、そのための手段は二つ。売上を増やすか、コストを下げるかしかない。ところで日本のBtoBマーケットは全般的に成熟市場である。ということはよどど画期的な新製品でも開発しない限りは売上を飛躍的に伸ばすことはむずかしい。となると、コストダウンが経営上の大きな課題となる。


そこでありがちなのが、たとえば人件費の削減であったり、いわゆる3K(広告・交際・交通費)カットであり、あるいは下請け叩き(最近では叩くなどという露骨な用語ではなく協力要請などとオブラートに包んだ言い方が多いようだが)のいずれか、あるいは全部だったりする。


しかし、その前にやることがないのか。と考えたのが京都製作所のひと味違うところだ。同社が目を付けたのは間接経費である。

電話代や電気代も、人数割などで各部門に配分する。コピー枚数の管理はもちろん、客に出すコーヒーや会社案内なども細かく費用に計上する
日本経済新聞1月30日)


ずいぶん窮屈な会社だと思うなかれ。その本当の狙いは、恐らくコスト意識を社員一人ひとりにまで徹底させることにあるはずだ。会社全体がそこまで意識を徹底すれば、営業利益率にして3%ぐらいは簡単に改善できる。


以前、印刷業界の実態調査に関わったことがある。この業界も零細企業が多く、しかも構造不況業種の典型である。たいていの企業が利益を出すどころか、いかに赤字に陥らないかに四苦八苦している。だからコストに関してはとてもシビアだ。紙やインク、印刷用フィルムなどは少しでも安く仕入れるよう努力している。


ところが、である。印刷用副資材、工場での備品などの発注をどうしているかと尋ねたところ「そんなものは長年付き合いのある業者に任せてる」という。代替品の検討はおろか、相見積りを取ることも価格交渉さえしたことがない。「○○がそろそろなくなりそうやから」と電話一本で届けてもらい、伝票はノーチェックといったケースが大半だった。


推測するにこれは古き良き時代の名残なのだろう。要するにそんな細かな経費について一々ぐちゃぐちゃいわなくても、以前は十分に儲かっていたのだ。たぶんバブルが弾ける前ぐらいまでは、それぐらいのどんぶり勘定でも、社長は交際費使いまくりみたいな状況だったのだと思う。


その意味では京都製作所は、バブルが崩壊する相当前にマーケットからの厳しい洗礼を受けたことが幸いしている。同社は専売公社のたばこ製造機械会社として発足したというから、親方日の丸の超・安定企業だったのだろう。たばこを段ボールに詰める機械を手がけ、マッチを紙箱に詰める機械では市場をほぼ独占してもいた。


が、いずれも急激な右肩下がりに見舞われる。マーケット自体の過激なまでの縮小が経営陣の意識を売上増大よりもコスト削減に向かわせたであろうことは想像に難くない。そこで現社長が取り組んだのが、徹底したコスト意識を全社的に植え付けることだった。


そして同社の素晴らしいところは、社員にそこまでの意識を要求する代わりに経営もガラス張りにしたことだ。公開企業ではないにも関わらず経営陣だって決していい加減なことはしていないぞ、という姿勢を示した。それも徹底している。社長の給与からその交際費までが白日の下にさらされるという。こうした環境で生まれるのがフェアネスに基づいたやる気であり、全社的な取り組みに対する一体感だろう。


その上で得られた利益はきちんと社員に還元もされる。年二回のボーナスに加えて業績に応じて3月には臨時ボーナスがでる。海外旅行の現物支給が加えられる年もある。来年には創業60周年を期して、社員の家族までを含め実に600人をハワイに連れて行くという。


経営者のビジョンと価値観、それを具体化する仕組みと全社的なフェアネスが揃えば、たとえ圧倒的に強い製品を持っていなくともこれぐらいの利益は出せるという好例だと思う。



昨日のI/O

In:
某社・広報企画ミーティング
『大逆転のリーダーシップ理論/藤原直哉
Out:
某社・インタビュー原稿フィニッシュ


昨日の稽古: