Webより印刷物?


「こんな編集はありません。漢字が五割近くも占めている文章なんて、いったい誰が読む気を起こしますか」
松本八郎エディトリアルデザイン事始』朗文堂、1989年、27ページ)


メールが急速に普及し始めた頃、ある人から教わったことがある。「書いたメールをちゃんと読んでもらいたいと思うなら、画面が白く見えるように書かなきゃだめだよ」と。つまり字画の多い漢字をたくさん使うと、画面が黒く見えてしまう。漢字をふんだんに使った文章は、書いた本人はなんとなく賢そうなことを書けたような気にはなるのだが、読まされる方からすればそんな文章は読みづらいだけなのだ。。


ときにパソコンを使って文章を書くと、どうしても漢字が多くなる。手書きなら漢字を書くのが面倒だし、そもそも字を思い出せないことが多いので自然とひらがなで書いていたはずだ。ところがワープロを使えば、なんでも変換一発で出てくる。たとえば「憂鬱」とか「薔薇」なんてことばさえも。


こんな漢字は手書きの頃なら、それをきちんと書けるだけで「おぉ〜っ」となったものだが、今じゃごく普通に使われる。もっとも、薔薇はともかくとして憂鬱なんて言葉が収まりよくはまる文章はそんなにないと思うけど。


前ふりが長くなってしまったが、どうも最近、印刷物回帰が起こっているのではないか、ということがいいたかったのだ。とりあえずはBtoB関連ではあるが、印刷物の情報誌がポツポツと新しく出てきている。つい最近まではこの手の情報提供はウェブとほぼ相場が決まっていたのにも関わらずである。


仮に印刷回帰が起こっているとすればなぜだろうか。そこで思うのが、どうもモニターで文章を読むのはつらいと、みんなが思い始めたのではないかということ。モニター上で文章が読みにくい最大の理由は、文字組みにあるはずだ。


まあ、印刷物の世界でも写植を使わなくなってから、美しくない文字組がものすごく増えた。なぜなら、いわゆるDTPが普及してしまったからだ。つまり、以前なら文字組は写植工というプロの仕事だった。彼らは職人さんである。文字の形によって、隣の文字との間隔がどれぐらいあれば最も読みやすいか、といったことに細心の注意を払い、ていねいに文字を組んでゆく。


たとえば「細心の」とたった三文字を組み合わせるだけでも、書体が違えば、字間のとり方も微妙に異なってくる。そうやって、読みやすさを考えて組まれた文字は、やはり目にやさしく読み心地もよい。これがDTP時代に入ると、まず写植工なる仕事がなくなってしまう。文字を組むのはパソコンのソフト、それを操作するのはデザイナーだ。


しかもそうしたデザイナーには、写植時代のことを知らない人が増えている。いきおい、読みやすい文字組はどうあるべきか、などといった問題意識を持たない人が多くなる。極端な話、ライターが打ち込んだテキストを、文字ボックスに流し込んで、写真を適当にレイアウトして、タイトル部分に凝って終わり、みたいなことになってる。


行末、行頭の禁則さえ知らないデザイナーだっている。字切り(もしかして死語になっているかも)が悪いから、ライターさんにお願いするなり、自分で考えるなりしてリーダビリティに気を遣った文章組をするようなデザイナーはほとんどいない。


それでも、まだマシなのだ、ウェブに比べれば。ウェブは、文字組についてもっと融通が利かない。というかユーザー側の環境に左右される部分が多いから、デザイナーサイドでのコントロールが行き届かない。そこで印刷物の方が、まだ読みやすいという意識が高まってきているのではないだろうか。


ここで忘れちゃならないのがウェブのおかげで、人は以前に比べてずいぶんと活字に親しむようになったこと。その良い例がメールだ。メールがなかった時代のことを思い出してみよう。あの頃、いまメールを書いているように毎日毎日たくさんの文章を書いていただろうか。そんなことは絶対にないと思う。そして誰もがそんなに文章を書いていなかったのだから、当然それを読むこともなかったはずだ。


つまりメールやウェブサイトを読むようになって人は『活字戻り』をしているのではないのだろうか。そして、曲がりなりにも文字と再び向かい合うようになって、文字組とか読みやすさ(=リーダビリティですね)が気になりだしたのではないか。だからいま、モニターで読むよりは印刷物といった回帰現象が起こり始めている。


そう考えれば、パソコンでウェブを見るのなら、やはり静的なテキストではなくメインは動画になっていくように思う。回線インフラ、パソコンの高機能化、そして動画コンテンツが増えていること。すべてがその方向にある。一方でテキストを読むのなら、やはり印刷物がいい。


そんなメディアの棲み分けが、もしかしたら始まっているのかもしれない。


昨日のI/O

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『東大生が書いたやさしい経済の教科書』
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昨日の稽古:

・レッシュ式腹筋、腕立て
・スクワット