寿司屋での作法


一ヶ月に一回だけ


ちょっとぜいたくしてお寿司屋さんに行く。三十代の大将が一人で握っている店だ。バイトらしき女の子が一人、手伝いで来ている。カギ型のカウンターだけのお店、たぶん十二人で満席になる。


烏賊を頼めば、縦筋包丁をいれ岩塩をゴリゴリ削ってかけて出してくれる。鰹を頼めば、刻みネギと大根おろししょう油を一かけして出してくれる。そんなお店。だから、注文には一つ一つ手をかけて握っていることがわかる。


当然、おいしい。それにしては、はっきりいって安い。だからよく流行っている。いつもこのお店へいく時は予約を入れておいて、できるだけ早い時間に出かけるようにしている。開店早々ぐらいに行くと、さすがに他にお客さんはいないから、こちらの食べるペースと握ってもらうペースがぴったり一致していい感じだ。


たいてい、子どもには先に握りを頼み、こちらはまず魚を焼いたり、炙ったりを頼む。それでビールを飲み、日本酒(種類は多くないが、これも店主がこだわって選んだいい地酒がある)を二種類ほどいただいてから、握りを頼む。


大将もこちらの頼み方、ペースをわかってくれているから、かゆいところに手が届くような感じで差配してくれる。とても良いペース、食事を楽しんでいると実感できる。


ところが、ちょっと時間を外してしまってカウンターがほとんど埋まってしまったりすると、これがなかなか気を遣う展開になってしまう。何しろすごくおいしい割に安いお寿司屋さんとあって、家族連れで来られる方が多い。しかも子どもの分は一貫をわざわざさらに半分に切って出してくれたりするから食べやすいうえに、ネタが良いのでたぶん普段は魚を食べない子でもおいしいのだろう。次から次へと注文が入る。


握り手は一人、だから当然てんてこ舞いとなる。


問題はこうなったときである。もちろん、こちらは客なのだから食べたいものを、食べたいときに好きなように注文していい。それが原則はある。しかし明らかに大将が注文を受けられない状態もある。たとえば、ネタに包丁を入れているとき、あるいは握っているとき。


ま、まっ。こちらとしては手が空いたら次を頼もうと思っていると、隣の子ども連れが遠慮なく追加を頼んでいる。客から注文を出されて断ることはできないから、大将は受けざるを得ない。まあ空気を読めないというといい過ぎになるのかもしれないが、そんなお客さんとバッティングしたときはちょっと困る。大将も明らかに困っているのだけれど、まさか客を無碍にするわけにもいかない。


握り手を増やすとか、あるいはバイトにも注文を受けさせるとか、店の側でやるべき対策もあるとは思うが、そこにお金をかけるとなるとせっかくの「おいしい・安い」が保てなくなる恐れがある。それでは本末転倒、大将にとってもメリットはないし、我々お客としても良いお寿司屋さんを失うだけである。


ここは一つ、客の方で頼み方、あるいは頼むタイミングを考えてあげて然るべきだと思うのだが、どうだろうか。あるいは、そんなことを客が考える必要などないのか。あらゆる店で同じように、とは思わないが、客の方でも作法をわきまえるべき店があると個人的には思う。



昨日のI/O

In:
『獄中記/佐藤優
Out:
槇村久子氏インタビュー原稿

昨日の稽古: