『獄中記』2


136冊


佐藤優氏が獄中で読んだ書籍の数である。しかも、そのほとんどが大部の哲学書、神学書、思想書語学書だ。勾留日数が512日だから、4日に一冊のペースで読んでいることになる。こうした読書と思索の毎日を送っていたから佐藤氏にとって勾留は何の苦もなく、むしろ静かに学問できる日々となった。


拘置所の中で一日中本を読み、語学を学び、思索し、文章を書く。そんな毎日を送りながら、それでも先のことを心配している。

残りの人生のうち、知性が働く期間をあと三〇年と仮定した場合、熟読できる学術書は(一冊平均五〇〇頁として)一ヶ月に一〇冊が限度でしょう。三〇年でわずか三六〇〇冊しか読めないのです。書く作業にも時間を持っていかれるので、実際に読める本の数はもっと少なく、これら読んだ本の中から頭に定着させることのできる知の量はもっと限られてきます。
佐藤優『獄中記』岩波書店、2006年、153ページ)


昨日のエントリーにも書いた通り、氏とは同い年である。が、飲酒その他によりボケるのも早いだろうから、知性(わずかにあるはずだけれど)が働いてくれる期間は氏よりもっと短くなるだろう。本を読むのは好きだから、たくさん読みたいと思う。そう思って目についた本は買っているものの積ん読状態になっているものが、たぶん百冊ぐらいあるだろう。


ただしそのうちの三分の二ぐらいがたぶんビジネス関係の本だ。そこでしばし反省して思うのが、この先自分はどんな本を読んでいけば良いのかということ。たとえば成毛眞氏は次のように述べている。

ビジネス書は、大学生ぐらいのときに読みました。いまでも、人からたまに本をもらって流し読みをすることもありますが、やっぱりつまらないと思いますね。出世した人の単なる自慢話だったり、現場を知らない学者の戯言だったり。今日現在のことしか書かれていないから、役に立たない。ビジネスの世界で、今日現在のことをいくら読んでも仕方ないじゃないですか。かといって、3年後にどうなるかを考えようとしたら結構厄介でしょう。3年後を見通せるくらいなら、その人は本なんか書かないで自分でビジネスを起こした方が儲かりますよ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070228/119965/


板倉雄一郎氏も、実際に経営したことのない学者やコンサルタント、評論家が書いたビジネス本にいったい何の意味があるのかとどこかで書いていた。まだまだビジネスでがんばって稼がなければならないから、そのノウハウはある程度身に付けなければならないとは思う。たとえばバリュエーションやDCFなどの知識はたぶん必須だろう。


しかし、それ以外のビジネス書、あるいはお手軽なノウハウ本ばかりをこれ以上読んでいていいのだろうか。いくらでも時間があるなら、そんな本に時間を使っても構わないのだろうけれど、なにしろ時間が限られてきているのだ。とふと思ったのを良い機会に、ここらで一体自分は何のために本を読んでいるのかを再考した方がいいのかもしれない。


佐藤氏を真似て「知を頭に定着させるため」なんてカッコいいことをいってみたいが、それははっきりいってウソになる。本を読む最大にして唯一の理由は、それが面白いからだ。少なくとも自分にとって本を読むことは、他の何かをすることとのトレードオフになる。本を読みながら風呂に入るぐらいはできるけれども、ご飯を食べながら読むことはできないし、音楽を聴きながら読んでもちっとも頭に入ってこない。まして酒を飲みながらとなると、目が悪いせいもあってまさしく酔眼朦朧、活字をきちんと追うことさえできなくなる。


だから、とりあえず本を読むということは、読んでいる間は他の全てのことを犠牲にすることと同義である。それぐらい貴重な時間を過ごすわけだから、おもしろくなければ損というか、何のために読んでいるのかわからんじゃないか。


であればだ、やはり読みたい本を読むようにしないと時間がもったいない。ではいま読みたい本は、どんな本なんだろう。今のところは内田樹先生とか、茂木健三郎氏の本とかだが、彼らが面白いと紹介してくれている本は、たとえばレヴィナスであり(全然知らない)、バルトであり(本だけは持ってる)、レヴィ・ストロースである(辛うじて読んだことある、少し面白いとも思ったことある)。


一応、大学生の頃にはシニフィ/シニフィエの関係だとか、そこから構造学だとかをおもろ、ぐらいは思えた。あるいはヘーゲルだって読んだわけだし、カイヨワ(ちょっとあやしげだな)とか、デュルケム(よくわかんなかったけれど)とか、ウェーバー(何が何だか)とかを読んで、微かに知的好奇心を刺激されたようなされなかったような記憶もある。


あるいは「論語」に「老子」「史記」あたりは確かにふむふむとうなずけることも多かったし、鴨長明だとか兼好法師なんかはかなりしつこく読んだな(記憶が蘇ってきた)。だから、このあたりの本を読み直すことから始めた方がいいのかもしれない。


ひるがえって自分が書いているテキストは、人様に時間をかけて読んでいただくほどのものになっているのかと、という問いが鋭く返ってくるわけだけれど。そこは修行中だということで勘弁いただくしかないということになる。



昨日のI/O

In:
『獄中記/佐藤優
Out:
谷口栄一教授インタビュー

昨日の稽古

・レッシュ式腹筋、スクワット