ユダヤの知恵


人口一万人あたり135人


人口あたり科学者・技術者の比率である。世界一がイスラエルで135人、日本は80人で世界第三位、アメリカが83人で第二位となっている。携帯電話の普及率はやはりイスラエルが世界一で114%、GDPに占める研究開発費もイスラエルが世界一だ(日経産業新聞3月14日)。


イスラエルは中東の頭脳拠点といわれ、ベンチャー企業が集積していることで知られる。集積しているというか、ベンチャー企業が次々と誕生している。その結果が冒頭のような数字となっている。


6年前に若干17歳で起業し、大成功している伊藤正裕社長率いるヤッパが成功したキッカケが、やっぱりイスラエルベンチャー企業がもっていたWeb3Dという技術だった。


なぜイスラエルでは優れたベンチャー企業がどんどん出てくるのか。日経産業の記事では、徴兵制や移民を理由に挙げている。つまりイスラエルは男女共に徴兵制を取っている。18歳で軍隊に入り、そこでみっちりと技術を習得する。だから大学に入る時点ですでに3年間の研究実績を積んでいる。これが一つ。


さらにはソ連崩壊を受けてイスラエルにはロシア系移民がどっと流れ込んだ。その数は百万人にも上り、しかもその多くが技術者だったという。このロシアからやってきた移民たちが、イスラエルの技術に新しい血を加えたのだと。


そうした原因も確かにあるのだろうけれど、それはどちらかといえば表層的な要因でしかないだろう。もちろん国を挙げての教育制度が影響していることは間違いないし、ロシア系移民の力も大きいには違いない。


それを認めたとしても、もう少し突っ込んで考えたいことが二つ。なぜイスラエルは国を挙げて科学教育に力を入れているのか。もう一つは、なぜロシア系移民には技術者が多かったのかということ。ここにユダヤ民族の独自性を強く感じる。民族的に「生き残り戦略」に過敏なユダヤ人の特性と、そうした戦略に従って長い年月を生き抜いてきたユダヤ人ならではの民族的特質とでもいえばいいだろうか。


イスラエルに暮らすのはユダヤ人である。ユダヤ人は極めてイノベーティブな人たちである。たとえばマルクスフロイトアインシュタインチャップリンマーラーフッサールレヴィナスアシュケナージ、レヴィーストロース、スピルバーグ、近いところではマイケル・デルもグーグルの創始者ラリー・ページとセルゲイ・ブリンユダヤ人である。


このユダヤ人は内田先生によれば「過剰な」人たちである。何がどう過剰なのだろうか。

彼らはあるきっかけで「民族的奇習」として、「自分が判断するときに依拠している判断枠組みそのものを懐疑すること、自分がつねに自己同一的に自分であるという自同律に不快を感知すること」を彼らにとっての「標準的な知的習慣」に登録した。
内田樹『私家版・ユダヤ文化論』文春新書、2006年、181ページ)


あるいは、ほぼ同じことを佐藤優氏は次のように表現している。

ユダヤ人は理不尽なことが起きても「ありうることだ」と比較的冷静に受け止める。
ユダヤ人は、質問に対して積極的な答をせず、再質問で応答することがほとんどである。これも基本的に歴史を信用しない、人間の言葉を究極的なところで信用しないというユダヤ人的思考の反映と僕は見ている。彼らは徹底的に議論をする中で、議論にならない部分を掴み、それにより相手の人間が信頼できるかどうかを判断する。このような人間観察術は正しいと思う。
佐藤優『獄中記』岩波書店、2007年、404ページ)


その結果、

ユダヤ人が例外的に知性的なのではなく、ユダヤにおいて標準的な思考傾向を私たちは因習的に「知性的」と呼んでいるのである。
内田樹、前掲書、182ページ)


ポイントはここだろう。内田流表現では「自分が判断するときに依拠している判断枠組みそのものを懐疑すること」であり、佐藤流表現では「ユダヤ人は、質問に対して積極的な答をせず、再質問で応答する」とある点。要するに、何ごとに対しても簡単に納得せず(わかった気にならず)、しつこく考え続ける(問いを繰り返す)こと。言葉で書くのは簡単だけれど、そうした思考習慣を実際にやるのは極めて面倒くさく難しいことだと思う。


たとえばトヨタでは「なぜ」を五回繰り返して問題の本質を掴めといわれる。トヨタが差別的優位性を保っているポイントの一つが、この問いのねちっこさにある。逆にいえば、わずかに五回「なぜ」を繰り返して本質を掘り下げることが、実はいかに困難かを如実に表しているわけだ。


それはなぜか。どうなっているのかを突き詰めて考えること。その突き詰め方のしつこさ、簡単には納得しない知的スタンスとでもいえばいいか。これがユダヤの知恵のエッセンスであり、そこを学ぶべき(子どもに教えるべき)なのだと思う。




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