京都の名が泣く


90年度対比マイナス14%


京都議定書で日本が約束した温暖化ガスの削減目標は、90年度を基準にしてマイナス6%だった。注意すべきは、これは単なる約束ではないこと。「守れなかったからゴメンナサイ」では決して済まされない。目標、すなわち絶対に守らなければならない国際的な義務なのである。


では、現状でどれぐらい目標に近づいているのか。これが近づくどころか逆に遠ざかっている。つまり2005年度の温暖化ガス排出量は、90年度を基準として減っているのではなく、約8%も増えている。だから目標達成には14%以上の温暖化ガス削減が必要となる。かなり絶望的である。


京都議定書に関して産業界は、もともと無理な目標だと反発してきた。なぜなら日本は90年度時点ですでに、世界でも最高レベルの省エネ体制となっていたからだ。要するに乾いた雑巾をさらに絞れ、というようなものである。


逆にヨーロッパなどはすでに目標達成がみえているところが多いのだが、それはそもそも削減余力があったということ。むしろロシアなどは議定書が成立した時点で何もしなくとも、すでに目標達成という状況にもなっていた。つまり、目標設定自体で日本は相当に不利な状況におかれていた、というのが産業界が反発する理由の一つである。


日本の現状はどうなっているのだろうか。


実は産業界では文句を言いながらも着実にCO2削減を達成しつつある。90年度比でみれば、工場など産業部門のCO2排出量は、約3%減である。当初目標の6%にこそ達していないが減っていることに間違いはない。


これに対して、とんでもない状態になっているのがオフィスビルなどの業務部門と家庭部門である。業務部門では90年度比約42%増、家庭も約37%増。もちろん産業部門とは母数が異なるから全体に与える影響力に違いはあるが、それでもこれを何とかしないことには目標達成は不可能だろう。


もとより政府も手を拱いて見ているわけではない。


なぜクールビズだとかウォームビズだとか政府が率先してやっているかといえば、いうまでもなく冷暖房をカットすることで省エネ=CO2削減につなげるためだ。そういった政府の姿勢を見せた上で、法による規制も次々と手を打っている。改正省エネ法、改正温対法などがそれである。家電製品に関してはいわゆるフロントランナー方式が採用されてもいる。


実際、家電のフロントランナー方式では、最も省エネ性能の高い製品が基準とされるためにメーカー各社は省エネ対策にしのぎを削り、おかげで冷蔵庫にしてもエアコンにしても最新モデルは、たとえば10年前の製品と比べて10分の1ぐらいの省エネ効果があるという話だ。


にも関わらず、なぜ家庭部門での排出量が増えているのかといえば、家電製品の数が増えているからであり、あるいはテレビなどのように大型化が進んでいたりするからである。すこし時間を遡っていただきたいのだが、17年前と比べて家にある電気製品はかなり増えているのではないか。少なくとも90年に家でパソコンを使っていたケースはほとんどなかっただろうし、テレビだってうんと小さかったはずだ。


またオフィスビルなどもOA化が進んで電力消費が急増している。一人一台パソコンを使い、サーバーだ、プリンターだ、コピーだとなってくると電気を使うだけではなく、相当に熱を出す。ということは一年を通じて空調がフル回転しなければならず、これはエネルギーを使う。すなわちCO2排出増になる(厳密にいえば電気エネルギー使用量が、CO2増に直結するわけではないけれど)。


現状を政府はどう見ているのだろうか。とりあえず今のままでは京都議定書で義務づけられた目標達成は、恐らく不可能である。


ここからは勝手な推測だけれども、どうも政府は最終的には「ごめんなさい」で済ませようとしているのではないだろうか。それで済む・済まないは別にして、少なくとも国際的な言い訳はできるぐらいに考えている節がある。


なぜなら、今回の京都議定書には世界第一の温暖化ガス排出国であるアメリカが入っておらず、さらには世界第二の排出国中国も入っていないからだ。そもそも、こうした巨大排出国が入っていない議定書に実質的な意味があるのかという反論は常にあった。またアメリカは日本にとって最大の同盟国である。そのアメリカが入っていないんだから、ということも何となく言い訳になりそうではないか。


ところが、ここに来て大きく風向きが変わってきている。ブッシュ政権こそ未だに議定書反対の姿勢を崩していないが、州政府単位では議定書に準じて独自にCO2削減に乗り出すところが出てきている。さらに注意すべきは、アメリカが態度を急変させる可能性があることだろう。


国際的にイニシアティブを取れるとみれば、アメリカは一気呵成に政策を根本的に変えてくることも考えられる。仮に次の大統領にヒラリー・クリントン氏が選ばれでもしたら、アメリカの態度は逆転させる可能性が高いと読むべきだ。実際、政府がどういうスタンスであろうと国際競争しなければならない企業は、すでに十分なCO2削減対策を取っていたりもする。


だからアメリカはやろうと思えば、京都議定書の次の枠組みで強力なリーダーシップを発揮することは十分に可能である。ポスト京都の国際的な議論が6月のサミットで本格的にスタートする。EU諸国はここで2050年に20%削減というさらに高いハードルを掲げてくる。


こうした高い目標設定の背景としては、地球温暖化への危機感が強いことはもちろん、温暖化対応を経済的にも世界的な競争で優位に立つための条件としたいといった思惑があるからだ。そこで日本が京都の名前を冠に付けた国際的な約束を守れなかった場合、どれだけ弱いポジションにおかれることになるか。


環境問題は、ある意味、経済戦争でもあることを十分に考えておく必要がある。



昨日のI/O

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『人間と聖なるもの/ロジェ・カイヨワ
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