ゆとり教育の犯罪


筆記体を読めない。五分の二の半分は五分の四


高校生のことではありませんよ。『ゆとり教育』第一世代がいよいよ入学してきた都内有名私立大学での話(週刊文春4月26日号、150ページ)。円周率をおよそ3と教えたり、中学校の必修英単語の数を百も減らしたり。なぜ、そんな馬鹿げたことをしたのかわからないが、この『ゆとり教育』を受けてきた若者たちが悲惨な状況に陥っているようだ。


なにが悲惨なのか。深刻な学力格差が起こってしまったのが取り返しのつかないぐらいひどいことなのだ。この世代の学力は平均点を挟んで二つの山に分かれるという。普通ならば平均点付近を頂点とした山があり、後は高得点、低得点の双方向になだらかな曲線が描かれる。ところがゆとり教育は、子どもたちをできる子とできない子の二つのグループにはっきりとわけてしまったという。


二十歳ぐらいまでの間についてしまった学力格差を、その後独力で埋めることは至難の業だ。いうまでもなく学力格差は就職格差、結婚格差などの機会格差につながり、引いては格差社会を固定強化する第一歩となる。


とはいえ彼らも少なくとも大学へは行ける可能性が高い。少子化のおかげで二年後には大学全入時代がやってくる。だから、どんなに学力が低くても、親にそこそこの収入があって自分が望みさえすれば、とりあえず大学に行くことはできるだろう。こんな国は恐らく世界中のどこを探してもない。少子高齢化で世界の最先端を突っ走る日本ならではの珍事である。あるいは、まだまだ日本が全体として経済的に豊かな証といえるのかもしれない。


しかし、そんなふうにして大学へ進んだ若者の行く末はどうなるのだろうか。たとえば今の大学ではリメディアルなる補習をやる動きがあるという。

各大学が具体的に行っているのは、「辞書を引きながら、ひらがな文を漢字かな混じり文に書き換える」などの学習。いちばん簡単な例文を挙げれば、
すもももももももものうちももにもいろんなしゅるいのももがある]
週刊文春4月26日号、151ページ)

なんですか、これは!


大学でこんなことを教育してもらわなければならない学生たちに、卒業後待っているのはどんな職場だろうか。これが欧米なら大学に行けない若者は、とにかく自立することを求められる。そこで意識のある人間なら、何か手に職をつけることを目指す。それほど意識が高くなくとも、とにかく働かなければ食べてはいけないぐらいの危機感は持つ。


だから教育を受けさせてもらえず、しかもまともな職にも就けないといった状況に対して欧米の若者は、強烈な形でプロテストする。それがときに集団化し暴動となることもある。日本はどうか。


極めて平和である。大学で遊んでいる若者たちが、暴動に走ったという話はついぞ聞いたことがない。恐らく彼らは、今のままで今と同じようにこれからもずっと生きていけると楽観しているのではないか。というより、それぐらいのことさえ考えていない可能性もある。とりあえず親が健在だ。彼らの親の世代ならまだ経済的に逼迫もしていないし、ぜいたくいわなければバイトだってあるし。


が、それらはいずれも、これまでの日本人がせっせと、それこそ古い言葉でいえば「エコノミックアニマル」などといわれながらも、必死で働いてきた財産があってのこと。資源にまったく恵まれない日本が何とか、食料、エネルギーを世界中からかき集めてこれたのは、目一杯知恵を使い、ハードワークしてきたからこそである。誰かが(というよりも多くの人が)そうやってがんばらないと、日本はやっていけない国なのだ。


だから過去の日本の遺産ともいうべき豊かさにぶら下がっているような若者たちを、いつまでもいまのままで養っていけるとは考えない方がいい。同時に格差社会は拡大再生産&固定化の一方向で進む。日本の競争力が乏しくなったと見切ったときに、格差の上の方にいる人たちはあっさりと日本を見捨てるリスクもある。


そのとき、何が起こるか。


食料もエネルギーも買うことのできない国に、知識も知恵もない人たちが多く取り残される。そんな暗い未来像を『ゆとり教育』はもたらしたのではないだろうか。


何が不幸だと言って「自分が何を知らないか」を知らないことほど、不幸なことはないと思う。いや、何も知らないからこそ悩むことなく生きていけるんだよという反論も確かにあるかも知れない。が、それでは永遠に進歩はない。自分が知らないことがわかっていればこそ、それを知りたいと思うようになる。逆説的かもしれないけれど、そのためには確実に自分が知っていることがかっきりとあることが大前提となる。


だから少なくとも高校生ぐらいまでの間で一度は、知識をぎゅっと詰め込む必要がある。そうやって詰め込まれた知識が背景にあってこそ、自分が知らないことがくっきりと浮かび上がってくるのだ。そうした作業を放棄させ「それでもいいんだよ、教育にはゆとりが必要なんだから」と子どもたちを間違った方向に導いてしまった『ゆとり教育』の罪は重い。



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