S/N比はどれぐらい


カセットデッキといえばS/N比


そんな時代があった。今どきはそもそもカセットデッキなんてもの自体がないし(あるのかな)、S/N比がどうとかこうとかいう話もほとんど聞かない。しかしエアチェック(これも死語だな)を熱心にしていた頃は、まず少しでもいい状態でFM放送を受信し(そのためにアンテナを張り)、受信した貴重な音楽を(レンタルレコードもなかったが故に)どれだけよい音質で録音できるかに勝負を賭けていたのだ。


理想はオープンリールデッキを使い、しかもできるだけ高速で録ること。中学生の頃住んでいた団地にはエアチェックマニアなおじさんがいて、そこで聞かせてもらったテープは、とても同じFM放送を録音したものとは思えなかった。


S/N比を上げるためには、ノイズリダクションシステムがついているカセットデッキを使わなければならない。ノイズリダクションといえばドルビーが主流だったけれども、マニアは「おれはdbxの方がいいな」とか「やっぱりビクターのANRSやろ」などと意味もわからないままに言い合いするのが、また楽しい中学生時代だった。


しかし、今ではS/N比なんて誰もほとんど気にしない。たぶん音楽がデジタル化されたからだろう。理屈はよくわからないのだけれど、デジタルの方がアナログよりS/N比が高くなる(たぶん。違うのかな)。とりあえずドビュッシーピアノ曲をCDで聞いたときにはたまげた。レコードで聞いていたときと全然違う曲に聞こえた。特にヘッドフォンで聞いてみると、ごく小さな音までが一つ一つくっきりと聞こえてくる。これはすごいと。


ノイズが多いと本来の音がノイズに埋もれてしまう。逆にノイズが少なければ、本来の音が際立ってくる。至極当たり前の話ではある。


いまNPOとして関わっている『えきペディア(→ http://www.ekipedia.jp/index.html)』でも、基本的な考え方は案内情報からノイズを削ることにある。要するに階段を使って歩くのが困難な人、大儀な人にとっては階段が詳しく書き込まれた駅の構内案内図(健常者向けということですね)はノイズだらけなのだ。彼らがまず知りたいのはエレベーターがどこにあるか。だから、それ以外の情報はノイズとして認識される。そこでそうした人たちにとってのノイズをできるだけ取り払った構内案内情報を提供するために『えきペディア』を立ち上げた。


と考えてくると、コミュニケーションをスムーズに行なうためにもノイズは基本的に少ない方がいいのではないかと思ってしまう。ただし、ここが人間がデジタルじゃない所以なのだけれども、完全なノイズレスは逆にストレスにつながる。不思議なものだ。


たとえば、昨日交わした会話を思い出していただきたい。そのS/N比はどれぐらいだろうか? おそらく8割、もしかしたら9割程度がノイズ、ではないか。


なぜか。人は基本的にノイズを発することは好むが、ノイズを聞かされることは嫌いだからだ。これがコミュニケーションの面白いところだと思う。ノイズを聞かされることは、やはり誰でも決して好きではない。もちろんこの場合のノイズというのは、その人にとってということである。だから女の人のぐだぐだ話でも、その声を聞いているだけで気持ちいいというケースはあり得る。


何がノイズで、何がノイズではないかは極めて個人的な問題だ。しかもコミュニケーションの場では、言葉だけがノイズになるわけでもない。言っている内容は素晴らしく価値があることなのに、どうしてもその声がイヤだというケースもあるだろう。コンテンツは素晴らしいのに、サウンドがダメだということである。あるいはコンテンツもサウンドも申し分ないのに、それを発している相手のビジュアルがどうにも我慢できない、なんて状況だってあるはずだ。メラビアンの法則に従えば、さもありなんである。


ということで、とりあえず人は受け入れサイドとしては、基本的にノイズを排除したがる。当たり前である。しかし勝手なもので自分が発信サイドに回ったときには、また話は別、となる。たいていの場合、自分が発しているものが相手にとってノイズなのかどうか、という点に世の多くの人は、ほとんど注意を払わない。


いきおい発信される会話は、相手にとってノイズフルなものとなる可能性が高い。というわけでお互いがおかまいなしにノイズを発しあっていると、どうなるか。たぶんスルー力が発達するのだと思う。好きなように言い合っているけれど、それってノイズばっかりでちっとも実のある会話になってない、みたいな状況だ。


そこにたまに、ノイズ耐性の高い人がいて、ノイズフルな相手の話に耳を傾け、その中からノイズではない中身をきちんと聞き分け、それに対して的確に反応してあげるとどうなるか。相手は自分の聞きたいこと(ちゃんと反応してほしいこと)を聞けるわけだから、会話はとてもかみ合い、少なくとも相手は心地よいコミュニケーションをできたという実感を持つだろう。


コミュニケーションとは、双方向性である。一方的なコミュニケーションというのは基本的にあり得ない。だからノイズフルなコミュニケーションというのは本来なら間違った言葉であり、そういうのはコミュニケーションではあり得ない。だから気持ちのよい、実のあるコミュニケーションをしようと思えば、まず最初は相手のノイズを受け入れることから始めるしかない。そしてノイズの中にときに見つかるエッセンスコンテンツを聞き分け、それに対して相手が聞きたいこと(これはノイズとはならない)を発してあげる。


コミュニケーションのS/N比を高めるコツは、こういうことではないだろうか。


昨日のI/O

In:
指導力清宮克幸
Out:
某社ソフト添付小冊子原稿
某社ソフト販売作戦
NPO広告取扱い規約書


昨日の稽古:西部生涯スポーツセンター

・柔軟、補強
・基本稽古
・型稽古(太極一、裏太極一、足技太極一、裏足技太極一)
・受け返し
・組手稽古