人力看板スタンド

atutake2007-06-10



一昨年ぐらいからウチの近所で見かける光景である。マンションの案内看板を持っている。


日曜日はたいてい交差点に居らっしゃる。というより正確には「ある」と言うべきかもしれない。何しろ彼らは人ではなく、看板スタンドなのだから。風の日も雨の日も、寒い日もメチャクチャ暑い日も。最初は確か一日中立っていたんじゃないだろうか。それもその頃はいかにも「ぼく、バイトです〜」的お兄ちゃんがやっていた。


一度、あんまりにも不思議な光景なので興味本位に訊いてみたことがある。バイトなん? 一日中、立ってんとあかんの? バイト代どれぐらいもらえるん? トイレとかどうすんの? 等々。


さぞや、うっさいおっさんやなあと思ったことだろうが、とりあえず答えてくれた。「バイトです。一日中、こうやって立ってることが条件です。バイト代は割のいい方です。トイレは近くのコンビニかドラッグストアで借ります」。


おう、なるほどね。バイトと割り切ってのことなら、まあやってやれないこともないだろう。とりあえず最初っからそういう仕事だとわかっていて、それでもやっているわけだから。


ところがいつ頃からか、これがスーツ姿のいかにも新人社員っぽい人たちに切り替わっていった。それが冒頭のようなシーンとなっているわけだ。こういう風景が日本各地で同じように展開されているのかどうかは知らない。が、とりあえず奈良の学園前地区では行われている。このエリアでは最近、マンションの分譲合戦が激しい。そのために少しでも目立つようにとの意図が込められているのだろう。


ところで広告には「AIDMAの法則」がある。Attention、すなわちまず人目を引くことが一番の課題。そしてInterest、興味を持ってもらい、Desire、買いたいなあという欲求を引き起こす。そしてMemory、商品をしっかりと消費者の心に刻み込んで、Action、これちょうだいと言わせるわけだ。


この5つのステップをきちんと踏まえているかどうかが、広告、販促、SPで確実な成果を出すための秘訣と考えられてきた。ネット時代にはAIDMAから新しい法則へのシフトが起こっているらしいけれど、それはちょっとおいておく。


問題は、この人力看板ポストである。


とりあえず目立つことだけは間違いない。こういう風景を見たことのない人なら、仮に車を運転していたとしても「なに、あれ?」ぐらいには思うだろう。これが歩行者なら相当に長い時間目に入ってくることになる。だからAttentionレベルは楽にクリアーしていると言っていい。が、問題はそこから先だ。この人力看板スタンドを見た人はどう考えるだろうか。


私なら、この会社のマンションは絶対に買わないだろう。社員、しかも新入社員にこんなことをさせる企業って、一体どんなことを考えているのだろうと思いませんか。彼らはほぼ一日中、強制的に人間としてまともでない状態を保ち続けなければならない。ミッションは日がな一日、看板を持って支えてじっと座っているだけである。もしかしたらまったく動かない分だけあの「シーシュポス」よりも受ける精神的ダメージは大きいのではないだろうか。


もちろん、あえて新入社員に対する教育的効果を狙った上で、この人間看板スタンドを課している可能性も考えられる。仮にそうだとしたら、この会社の教育スタッフがこの過酷な課題で育もうと狙っているのは、一体どんな資質なのか。朝から晩まで自分を徹底的にバカにできる能力なんだろうか。もしもそうなら、この企業の教育システムは、ある意味では非常に実効性が高いのかもしれない。


しかしである。いずれにしても、こういう非人間的な仕打ちを平気で(あるいは意図的かもしれないし、もっと深読みすれば今どきの若者に対する親心的配慮さえあるのかもしれないが)やる企業が作る住空間に対しては、その質を疑わざるを得ないのではないか。あるいはマンションの構造体そのものは大丈夫なのかと考えさせられるではないか。


自社の社員に対してさえここまでハードアタックな対応を取れるのなら、下請け企業となる建設会社に対していかほどにシビアなスタンスが取られるかは想像に難くない。恐らくコスト面は言うまでもなく、納期に関しても相当な負荷を平然とかけていることだろう。そうした悪条件を負わされた下請け企業が、それでも誠心誠意を尽くして建築作業に携わるとは到底思えない。


AIDMAの法則に戻るなら、Attentionだけは激しくあり、Interestもなくはないが、そのInterestが示唆する方向性は潜在顧客を購買意欲とはまったく逆の方向に誘導するものではないのだろうか。


というようなことぐらい、まともな頭で少し考えればわかりそうなものなのに。たぶん、この会社の社長さんには、そういった現場の状況が届かなくなってしまっているのだろう。残念なことだ。


この企業が上場するずっと前に少し仕事をさせてもらったことがある。まだ大阪の公園の前のこじんまりとしたビルに本社を構えていた頃、この会社にとって初めてとなる会社案内を作らせてもらった。そのときには、会社案内の製作そのもを社長さんと一緒にやった。「あ〜でもない、こうでもない」と真剣に話をしながら仕事を進めることができた。社長さんの話は「いい住まいを造りたい」のひと言に尽きた。とてもいい表情をしていらっしゃった。


ありきたりな話になってしまうけれど、どうして企業って、大きくなって行くに連れて、それも上場したりするとてきめんに、創業時の価値創造意欲が薄れてしまうのだろう。とても残念だ。


昨日のI/O

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キダ・タロー氏インタビュー原稿第一稿
大阪天満宮宮司さんインタビューメモ

昨日の稽古:西部生涯スポーツセンター

・打ち込み稽古(突き・ミドル)
・ゆっくりと形を意識した蹴り(ミドル)
・フロントランジ
・ストレッチ