進学塾で学ぶ先生


「全員が教科書を開くまで次の指示をしない」


進学塾「早稲田アカデミー」が、学校の現役の先生を指導しているときの一コマらしい(日本経済新聞7月26日・朝刊)。学校の先生が、塾の講師に指導方法を学ぶ時代になっているわけだ。

指導力を上げるために同塾が三月に始めた研修講座には、公立、私立の小学校から高校教師まで約七十人が通う。半数は自らの意思で受講、費用も自己負担する。「発声・表情」や「ほめ方、しかり方」など基本から応用編までたたき込む。(同紙)


これは、一体どう受け止めれば良いのだろうか。


もちろん、自腹を切ってまで指導法を学ぼうとする先生たちは100%尊敬に値すると思う。できるなら、自分の子どもはそうした前向きな先生の下で学ばせてやりたいとも願う。なぜならこうした先生が素晴らしいのは、彼らが常に「汝、己を知れ」という考え方をしているからだ。


ややこしい言い方になるけれども、常に自分に対して自覚的でなければ「いま、自分に何が欠けているのか。自分が知らないことは何か」が意識に上ってくることもない。わかりやすくいえば「オレは、何でも知ってるよ」と思っている人に学びの心は生まれない、ということだ。


だから、おそらくは大学時代に「発声・表情」や「ほめ方・しかり方」の大切さをきちんと学ばれたはずだ。それを教育の現場で実践してきた上で、さらに自分にはまだ何かが足りないと考えるからこそ、そうした進学塾に学びに行く先生には素直に頭が下がる。


しかし、ここで次の二つの疑問が浮かんでくることも否めない。


一つは、教員試験を合格したものに与えられる教員免許とは一体何なのか。もう一つは、わざわざ進学塾に学びに行くことのない先生方の資質はどうなっているのか。


まず教員免許についてだが、これは自動車の免許と基本的には同じ。免許を取ったということは公道を走っても良い最低条件を満たしたというだけのことであって、そこから先、優良ドライバーとなれるかどうかは(事故をおこさないかどうかは)本人の心がけ次第である。免許はもらったもののデタラメな運転を繰り返し挙句の果てには事故を起こし、最悪の場合は人を傷つけるドライバーは残念なら必ずいる。もちろん、そうしたドライバーは免許を剥奪される。


教員免許もこれとおなじぐらいに思っておくべきなのだろう。しかも、子どもの将来を左右する教育という仕事では、相手となる子どもが一人ひとり必ず違うことも考慮するなら、経験が極めて重要なファクターとなる。大学を出たての新任教師とキャリア15年のベテランでは、ほめ方・しかり方を含めて子どもに対する接し方についてのノウハウが違う。だから同じ教員免許を持っているとはいえ、そのキャリアによって教師として持てる力は違って当たり前だ。


そこで二つめの疑問がクローズアップされることになる。


先生のキャリア、能力アップはどのようなシステムが担保しているのだろうか。学校内で新任の先生のステップアップをサポートするシステムがきちんとあれば、わざわざ自腹を切ってまで進学塾に指導法を学びに行く必要もないのではないだろうか。あるいは先輩教員の貴重なノウハウが、キャリアの浅い先生たちにきちんと継承されて行くシステムができていれば、と考えないでもない。


もちろん先生たちがせっせと研修に参加し、研究活動に勤しんでおられることは知っている。知ってはいるが、そうした研修の内容が今ひとつ不十分ということは考えられないだろうか。あるいは、中には「今さらおれが研修で何を学ぶんだい?」とお考えの先生もいらっしゃるんじゃないだろうか。


そんな先生は少数派であると信じたいが、人から「先生、先生」と呼ばれると、どうしても自分のことを誤解してしまうこともあるだろう。それぐらい「先生」という言葉が秘める全能感は強い魔力を持ってもいる。まして、私立の先生はともかくとして、公立学校の先生はこれまでのところ、他者から自分を評価されないポジションにいる。


基本的には、相手は少なくとも免許を持つ先生なんだから、全幅の信頼を置きたいところだが、第三者のチェックを受けない組織が往々にして腐って行きがちなことも私たちは経験的に知っている。件の「早稲田アカデミー」サイドから見て、受講に来られる先生の資質はどう映っているのか。ぜひとも、その忌憚のない評価を聞きたいところだ。


しかし「全員が教科書を開くまで次の指示をしない」なんて悠長なことをいえるのは、お金を払って自発的に学びにくる生徒ばかりの進学塾だからこそ通じる話で、いわゆる底辺校でそんなことしてたら、次の指示をする前に一日が終わってしまうような気もするのだれど、そんなことないのかしらん。



昨日のI/O

In:
生物と無生物のあいだ福岡伸一
Out:
InsightNow原稿

昨日の稽古:

・ジョギング
・レッシュ式腹筋、腕立て伏せ