なぜ話は噛み合ないのか


「どうして、私のいうことがわからないの」
「なんで、おれのいうことがわからんねん」


もどかしい思いをされた経験は、誰にでもあるだろう。そんなとき「まあ、仕方ないな」と比較的穏やかに引き下がるタイプの人がいれば、「あいつとは、たぶん永遠にわかりあえへんのやろな」とあっさりばっさりきっぱり切り捨てる人もいる。どちらも不幸なことだと思う。


なぜなら、ほんの一歩突っ込んで『なぜ、あなたは私の言っていることが理解できないのか?』と尋ねてみれば、意外にわかりあえる糸口が見つかることが多いからだ。


ソクラテスの昔から現代では内田樹先生に至るまで「自分の無知」を知ることの重要性については、数多くの先賢がしつこいぐらいに指摘してきた。それでも自分が何を知らないかについて無意識な人は多い。「汝、己を知る」ことはそれぐらい難しいのだ。ましてや自分のことさえよくわからないのに、相手のことを理解できると考えるのはほとんど傲慢である。


ここで冒頭の嘆きに戻っていただきたい。「なぜ、自分のいうことがわからないのか」という不満が、自分の中に沸いて起こる原因は何か。相手が自分と同じぐらいの背景知識を持ち、自分と同じ視点を共有し、ひいては自分の考えたのと同じ筋道を辿って然るべきだと思い込んでいるからだろう。


もちろん、そうしたケースがいつ、いかなるときも「あり得ない」とはいわない。たとえば親子のようにまず遺伝的に同じ志向性を受け継ぐ可能性が高く、さらに生活環境を同じくし(すなたち似たような経験をすることが多く)、その上で親が子どもに対して思想的な影響をうまく強く与えてきた場合に、素直な子どもが親と同じように考える可能性はある。この家族関係は、たとえばカリスマ的な監督の下に指導されるチームや強烈なリーダーシップを持ったトップに率いられる家族主義的な企業にも当てはまるケースがあるだろう。


しかし、これは明らかにレアケースである。そこまでの関係を築いていない相手が対象となる場合には、まず自分と相手はこれまでに蓄積してきた経験知も立場も考え方も何もかもが違うことを前提とすべきだろう。その前提の上で、自分の伝えたいことを相手にきちんと理解してもらうためにはどうするか。


ここは相手の話を聴くことしかない。


相手の感度、感性、思考パターンなどを理解することなく、一方的に自分の考えや思いをぶつけて、それで伝わらなければわからない相手が悪いとするのは、コミュニケーションの横暴に過ぎない。


「いや、おれは自分の気持ちをわかってほしいだけなんだけれど」とか「私は私の考えていることを伝えたいだけなんだけど」と思っている人にとっては、自分が話す前にまず相手を知ろうと努力することなどただの遠回りとしか思えないかもしれない。しかしコミュニーケーションを全うするためには「急がば回れ」なのである。相手のことを知らずして、どうして相手に伝わる言葉を、表現を、レトリックを選ぶことができるのだろうか。


いや、そんな言い回しの選択肢など持ってないよと反論する方もいらっしゃるかもしれない。私は、誰に対しても同じトーン・同じ言葉遣いでしか話しませんからというわけだ。一つの戦略としてこうしたスタンスを貫き通すことはありかもしれない。が、この戦略がまわりから受け入れられる(=成立する)までには多くの時間と手間がかかることだろう。その過程では誤解を受けることも多々あるに違いない。


たいていの場合、人は相手によって無意識のうちに微妙に話し方を変えているはずだ。ならば、そこを意識的に徹底すればどうでしょうかという提案である。相手によって意図して話し方を変えるのならば、どう変えるのかについて自分なりの指針を持っておく必要がある。


そのためには、いろんな人から話を聴き、それぞれきちんと整理整頓しておかなければならない。自分なりにある程度カテゴライズした分類に基づき、相手と話を噛み合わせながら、少しずつ自分の考えが伝わる話し方を探る。探りながら話をし、相手の反応を見極めながら、話を進めていく。めんどくさいことは否めないが、そのプロセスを楽しもうと思えばこれほど楽しいこともない。


これまで自分が知らなかった相手の側面を引き出せれば、何より自分の好奇心が刺激される。その意味ではお互いが相手の話を聴きましょう的スタンスから始められるコミュニケーションがベスト、それに継ぐのが自分が伝えたいことはきちんと頭に置いておきながらも、まずは相手を知るために聴いていくコミュニケーションだろう。


とはいっても、ただ黙って「さあ、どうぞ喋ってください」ということではまったくないので誤解のないように。これまた自分勝手きわまりない態度ではないか。相手の話を引き出すためには、相手に気持ちよく話してもらうことが重要なポイントとなるわけであり、そのためには積極的に全力で聴くことが大切なのだから。




昨日のI/O

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某ソフト開発物語
井出亜理京都大学教授インタビュー原稿

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・懸垂