一期一会の心構え


これまでに三度、ある。


稽古をできなくなったことが、だ。三度とも膝蓋腱を痛めた。スクワットのやり方がまずかったのだろう。そして三度とも、朝起きると立てなかった。


なったことのない人にはわからないだろうけれど、これがほとんど冗談みたいな感じである。だって体は全体としてはピンピンしている。元気といっても少しも差し支えない。これが風邪でもひいたのなら、体中がだるくてしんどくておまけに熱っぽくてと、いかにも病人の風情となるのだがまったくそうじゃないんだから。足だって寝ている分には痛くもなんともない。


気分はすこぶるよい。よいのだが足に力が入らない。よって立ち上がることができない。膝という部位が人の体を動かす上でどれほど重要な働きをしているかが、膝蓋腱を痛めるとよくわかる。膝蓋腱に限らずほかのどんな傷害だったとしても膝を痛めるとまずまともには歩けない。


そして、こうなると少しだけ心配になる。もしかして、もう二度とまともに歩けなくなるのではないだろうかと。さらに、もし幸運にもちゃんと治ったら、もう決して無茶はしないでおこうと反省もする。そう思いながら三回、同じところを痛めている。たぶん、アホである。


とはいえさすがに少しは学習能力があるし、経験値も増しているので膝の「そろそろ、ヤバいっすよ」信号をなんとなく察知できるようになってきた。だからこの信号を感知したときには、指導をしてくださる先輩には申し訳ないけれども少々手抜きをさせてもらうことにしている。


しかしである。そもそも、なぜ同じところを痛めるのかを考えてみると、そこに自分の体のアンバランスさが集約されているのではないかと思うようになってきた。恐らくは体の使い方にどこか無理があり、その歪みが一番弱いところに出ているのではないだろうか。


たとえば組手立ちで前へ出るとき。塾長からは足の幅は骨盤を保ち、大切なのは特に膝がきちんとまっすぐ前を向いていることと教えていただいている。ここでよくやりがちな間違いが、後ろ足をたとえば45度ぐらいに開いてしまうことだ。何も考えずに組手立ちをとったときには、その方が楽だからである。


ところが後ろ足は斜め方向を向いていて、前足がまっすぐ前では、両足の向かうベクトルが異なる。下半身が違う方向を向きながら、それでも上体はまっすぐ前へ動こうとするのは理に適っているとはいえない。一見楽な動き方を取っているようで、実は体のどこか(たぶん膝か腰だろう)に負担をかけている。


これが体の不思議なところである。何も考えずに楽な姿勢を採るのが自然で一番良いと勘違いしてしまいがちなのだが、決してそうではない。椅子に座った時などもそうですよね。ついつい背中を丸めてしまうけれど、本当は背筋をすっと伸ばした方が体にいいし楽でもある。


本当の意味で体にとって楽な姿勢を保つためには、ある程度の修練が必要なのだろう。組手立ちでの移動もやってみればわかるが、両足を必ずきっちり前に向けておくのはそう簡単にできることではない。


足を意識すると組手立ちからのワンツーさえぎこちなくなってしまい、まともに突けないのだ。まともに突けないということは、そんな突きには何の威力もないということだ。これも少し考えればわかることだけれど、足の向きが同一方向でなければ力の向かう方向も分散する。突きとは足を起点として引き出された力を体幹を通すことで増幅させ、その力を最後は拳の一点に集中させることで一撃の威力を得る技だと思う。


ワンツーなどという初歩中の初歩みたいな技一つとっても、七年も稽古していながら未だにこの体たらくである。もっとも一つの技を極めるのには千日かかり(実際の稽古日数ということだから、たとえば週に二日の稽古なら500週、すなわち10年はかかるということだ)、さらにその技の真実にいたるには万日を要するという。これに習えば、三戦立ちからの正拳突きだってまだまだである。


先は長いなあと思いつつ、いつまで稽古できるかなあとつまらないことを考えたりするようにもなっていたのだが、さて。ここで救いのひと言を差し伸べてくれたのが、やはり内田樹先生だった。

しかし、『エースを狙え!』を読んだ私はいずれ必ず訪れる武道家人生の終わりのために、一日一日の稽古を、一本一本の技を、「唯一無二のかけがえのない経験」として生きるようにしようと決めた。
それから二十五年経った。いま「終わり」が来ても私は平気である。だって、「思い残す」ことがないからだ。毎日、「今日が最後の日かもしれない」と思いながら稽古してきたからである。
内田樹『「おじさん」的思考、晶文社、2006年、94ページ)


これである。今日の稽古は一期一会。この心構えが自分には欠けていた。私ごときが武道家などとは恐れ多くて口が裂けても名乗れはしないが、それでも気持ちだけなら少しは内田先生を真似ることができるはずだ。


そう、「もし、今日のこの稽古で最後になるとしたら、それでいいのか?」。この問いを常に胸の内に抱いて、これからの稽古に臨むように心がけよう。




昨日のI/O

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『「おじさん」的思考/内田樹
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