舌が肥える不幸


決してグルメではない

むしろグルマンである。基本的には何でも美味しくいただける幸せなタイプである。若い頃は焼肉定食一筋でもあった。王将でこれを頼み、ご飯を大にして餃子を付けるのが、最高の幸せだった時期もある。


客観的に判断して二十歳過ぎまで食事をいただいていた母親の料理が、人様と比べて取り立てて上手だとは思わない。しかし、出されたおかずをマズいと思ったことはまずない。あるいは家人が作ってくれる料理もそう。びっくりするほどのテクニックを持っているわけではないのだろうが、とりあえず全部おいしい。


これがお金を払って食べさせていただく「お外ご飯」ともなれば、ほとんど何でも美味である。外メシで「これはひどい、まずい、食べられない」と思ったことは、これまでに一度しかない。忘れもしない西大寺の中華料理屋である。この店で普通に頼んだチャーハンと餃子は、そのほとんどを残すことになった。あり得ないでしょう、そんなことって。


というぐらいに自分の舌は、はっきり言って肥えてない。だからといって美味を感じられないわけでもない。ごくごくたまにではあるけれど、仕事のお付き合いで高級店などへ連れて行っていただいたときには「ほぉ〜、世の中にはこんなにうまい食い物があったか」と、人並みぐらいには舌鼓を打つことだってできる。その感度は、いわゆるグルメな人たちから比べれば大幅に劣っているとは思うが、プラス方向の評価はそれなりにできるのだ。


ただし不味さ方向についての感度が恐らく、人よりは相当に鈍いのだろう。だから何を食べても、まずマズいと感じることがない。得な体質である。


ところがだ、先日フラッと難波で本格を売り物にしているうどん屋に入って「こりゃ、いかんわ」という目に遭った。そういえばと思い返すに、うどんについてはわりと『マズさセンサー』が働くようだ。特にぶっかけ系のうどん、すなわち麺そのものの味で勝負するタイプのうどんについて。


理由は明らかである。一時、コンサルをしていた会社が新規事業で『手打ちうどん』店をやるというので、うどんを一年ぐらい食べ続けたことがある。本場・讃岐うどんで、ここはという店はほとんど回った。コンサルに行くたびに試食である。この麺は「何とか」という小麦と「何とか」という小麦をこれこれのパーセントで混ぜて、といった案配でその成分に微妙な違いのあるうどんを、これでもかというぐらいに食べた。


おかげで店がオープンした暁には、今日のうどんは「ちょっと塩が足らんのと違う?」などと一丁前の口を叩くまでになったわけだ。もちろんうどん評論家の先生方のように、うどんの味を文章化できるレベルではないが、とりあえず味の善し悪しぐらいはわかるみたいだ。これは思うに不幸なことである。


そんな感覚を身に付けさえしなければ「これもまたおいしいじゃないの」と機嫌良くいただけていた、たとえば町のうどん屋さんや駅の立ち食いで「こりゃ、いかんな」などと眉をしかめたりしなければならない。


そういえばもう一つ、舌が肥えてしまったがために何でもうまいと思えなくなったものがある。日本酒だ。


これまた仕事絡みである。高校時代の友人が造り酒屋をしている。彼が中国進出する際にいろいろ手伝い、付き合っているうちに日本酒をたくさん飲むようになった。たくさん飲むと言ってもカップ酒ではない。きちんと昔ながらの原料と製法で吟醸酒を作っている友人が「これなら飲んでも良い」とお墨付きを出してくれた酒だけを飲むのである。


確かに良い酒である。日本酒といえば大学時代のコンパで安酒をがぶ飲みして急性アル中一歩手前といった経験しかないために、ほとんど悪印象しかなかったが、ちゃんとした日本酒はちゃんとおいしい。根が酒好きだから、じゃあということでいろんな純米酒だの純米吟醸酒だのを飲み比べているうちにやがて自分の好みがはっきりとわかるようになった。


好みがはっきりするということは、好みじゃない酒もはっきりするということになる。たしか茨城県の『渡舟』という銘柄がもっとも自分にはジャストフィットしていたのだが、そこも杜氏さんが変わったとかで味に変化が出た。するとダメである。といった案配で舌が肥える何てことは、人生においてはほとんど何のメリットもないことではないか、と思う。


ただ自分の過去を振り返ってみれば、やはり自分の好きな食べ物については、ほんの少しずつではあるけれども、歳を重ねるうちに何らかの審味眼(なんて言葉はないんだろうけれど)が磨かれてくるようだ。そんなもの別に磨いてくれと誰かに頼んだわけではないけれども、それも歳を取るということの意味の一つなのかもしれない。



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