大好きな辞書


日本語大シソーラス―類語検索大辞典―

日本語大シソーラス―類語検索大辞典―


1188ページ・一番右の段・下から4つめ


「厳格」は<0326.27>と記載されているが、これは<0336.27>が正しい。何のことかといえば『日本語大シソーラス』辞典の索引に見つけた誤表記である。この索引で各語にふられている番号を語群番号と呼ぶ。知らない方、興味のない方にはまったくおもしろくも何ともない話だろう。


ちょうど3年ぐらい前にもこの辞書について書いたことがある(→ http://d.hatena.ne.jp/atutake/20050901/1125519882)。この辞書が好きなのだ。そして、こんなささやかな間違いを見つけるほどに、繰り返し読んでいる。実際のところ、これは「引く」ための辞書というよりも、とてもよくできた読み物といった方がいい。


「厳格」の表示間違いを見つけたのは「こだわり」に替わる言葉を探しているときのこと。「こだわり」そのものは載っていないのだが、「こだわる」にはいくつもの類語があることがわかる。たとえば「係わる」「やる・やらせる原因」「捗らない」「厳格」「固執する」「囚われる」「怨み骨髄に徹す・執念深い」などだ。


これだけでもおもしろいとは思いませんか? 「こだわる」と「やる・やらせる原因」に一体どういう関係があるのか。0009.02に記されている語群を読むと、何となくわかったようなわからないような気になる。はっきりと理解できないとはいえ「こだわる」という言葉には、かなり幅広い概念が含まれていることはわかる。


ところで、この辞典の本文に書かれているのは、文章ではなく語である。だから正確には「読む」という表現は当たらないのかもしれない。しかし、読み始めると止まらないのだ。「こだわり」が「こだわる」で検索をかけ、そこで「怨み骨髄に徹す・執念深い」に飛ぶ。そこに記された類義語を読んでいくと「宿憤」「宿執」「宿意」「宿根」「宿怨」などと書かれている。「こだわり」からずいぶん遠くに来たものだ。


そして、こうしたいわば類語サーフィンにふけるたびに、この辞書を一人で編み出した山口翼氏の作業風景を思い浮かべてしまう。そもそも、なぜ、こんな辞書を作ろうと考えたのか。一体、どんな作業を積み重ねることによって、このような途方もない辞書ができあがったのか。辞書作りのエピソードが跋語に書かれている。

私が日本語シソーラスの編纂を思い立ったのは1970年頃のことであった。そのころ私はパリにいて小説を書いていた。初めてのことで、筆が思うように進まず、もがき苦しんでいた(山口翼『日本語大シソーラス』大修館書店、2003年、1542p)


そして良い文章を書くためには語彙が豊富でなければならないと考えた山口氏は「対象を正確に捉える言葉とその正しい遣い方を学ばねばならない(前掲書)」と考えるに到り、自分の勉強をかねて日本語シソーラスを作り始める。4年ぐらいで作るつもりだった予定は、終わってみれば30年以上の月日が過ぎていた。


勝手な推測にすぎないのだが、おそらく一人で何冊もの辞書を読みながら、日本語の言葉について考えを巡らし、その意味や由来に思いを馳せることは、日本語に関心を持つ者としては心躍る作業だったのではないだろうか。来る日も来る日もひたすら辞書を読み込み、ノートを取り、言葉の関係性を考え抜く。その作業は、傍で見ている者にとっては、ほとんどシーシュポスの神話的状況と映ったかもしれない。それでも、山口氏は楽しんでいたのだと思う。


だから『日本語大シソーラス』辞典の編纂はじっくりと続けられ、こうやって無事出版された。よくもまあ、そんなことだけに30年も打ち込めたものだと感心する。その間、どうやって生計を立てておられたのだろうか。もしかしたら出版社から支援を受けられていたのだろうか。ともあれ30年、たった一人の人間でもそれだけの時間をかければ、1500ページあまりの辞書を編み出すことができる。そこに詰め込まれた知の軌跡を辿ることがおもしろくてたまらないのかもしれない。


そして跋語の最後に、とびきり小さな文字で記されている言葉が、心にしみる。

尚尚小著を吾が両親に捧げることをお聴し頂きたい。フランスの家に来ては、手書きのカードをなくしたら大変と、日がなコピー機の前で過ごし、疲れると暖爐でうとうとしていた姿が、今に忘れられないのである(前掲書)


目に浮かぶその姿は、一幅の絵と見える。



昨日のI/O

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片平敦氏インタビュー原稿
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「人材はスカウトするもの」
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昨日の稽古:

・懸垂、レッシュ式腹筋