山の中の地鶏屋さん

atutake2008-10-11



その店は四国の山の中、肱川のほとりにあった。




まったくの一軒家である。つまりまわりに他の家は見当たらない。その店にたどり着くまでに川沿いの道をずっと走ってきたが、最後の家を見てから少なくとも5分ぐらいはかかっている。カーブをまわった先,道路から少し引っ込んだところに田舎作りの家が建っていた。


のれんをくぐり、引き戸を開けるとまず目に入ってくるのが大きな囲炉裏。その左手が板張りの座敷となっていて、ここに四人用の囲炉裏が四つしつらえられている。屋根が高い建物の内部には迫力のある墨文字や墨絵がぎっしりと描き込まれている。


陰翳と光のバランスの妙を感じる空間。川に向かって開かれた縁側からは、秋の柔らかに澄んだ光がにじみ込む。縁側には丸い座布団が二つ無造作に置かれている。おそらくはそこに座ってみる川の眺めが一番良い、ということなのだろう。両岸には色づく前の木々の緑が迫り、その間には川がゆったりと流れる。視線を上にやれば、刷毛でむらなく塗った水色の絵の具が乾ききる前に、ところどころ白を少しだけさし色に入れたような空が広がる。


もう一度、室内に目を向けると床がピカピカに磨き込まれていることがわかる。窓から差し込んだ光が床の上でぼおっと白く光っている。その床は最初、真っ黒に塗られていたそうだ。あまりにも黒々としているのが嫌でお女将さんが、毎日一生懸命に雑巾がけをした。おかげで黒塗りがところどころはげてきて、その乱雑なかすれ具合が目にやさしい。


そんなことを思いながら待っていると、料理が運ばれてきた。料理といっても、メインは焼き物である。鶏肉とずり、そして野菜を囲炉裏にこしらえられた炭火で焼いて食べる。雑穀が入ったごはんとみそ汁、漬け物が添えられている。


鶏肉は、この店に連れて行ってくれた社長さんが焼いてくれた。彼はここの常連さんである。せっかくの地鶏をおいしく食べるには焼き加減が大切。炭火での焼き具合にはそれなりの心配りが必要らしい。肉にはおそらく醤油ベースの下味がつけられているようだ。火にあぶられて香ばしい薫りが立ち上がる。


「そろそろですね。どうぞ、取ってください」とすすめられて、最初の一口をいただいた。


たまげた。


もちろん地鶏である。ブロイラーなどとは比べ物にならないだろうことはこっちだって予想済み。たとえば噛み締めたときの肉の弾力が違い、噛んでいくうちに口の中に広がる肉のうまみが違う。そして後味の残り方、消え方が違う。知識としては、そういうものだろうということは頭の中に入っていた。


しかし。百聞は一見に如かずというが、百聞は一験に如かずと言った方が良いのではないだろうか。少なくとも、こと食べ物に関しては百聞はおろか、万聞は一口に如かずといっていい。


これが鶏肉か。もし、これをもって鶏肉というのであれば、これまで48年間の永きにわたって食べてきた鶏肉を「鶏肉」と呼んではならないだろう。驚きは「ずり」をいただいて増幅した。本当のずりとは口の中で噛み締めた瞬間にはしっかりとした歯ごたえがあるものの、外の肉を噛み破ったあとにはもちっとした弾力のある肉が入っており、その肉にはきっちりとしたうまみがあるものなのだ。


居酒屋や焼き鳥チェーンで食べる、歯ごたえこそあるものの、中の肉からはほとんど味の出てこないガムのような食べ物とはまるで違う。これこそが本物の「ずり」ということなのだろう。


さらに肉の下に敷かれているセリを少しあぶっていただく。これが口直しには最高のあてとなる。昼間っからこんな贅沢をしてよいのかと思う。ゆったりとした空間、外を見やれば秋の静かな景色。そして口福。


聞けばこの店は、お女将さんとそのご主人でやっておられるらしい。住まいは川向こうの山の上、そこで育てている地鶏を持ってきているとのこと。頼めば刺身もあるそうだが、こればかりは新鮮さが命となるため、予約をもらって当日の朝さばいたものだけを出すそうだ。


「お客さんは、一人も来ん日がありますけん」ということらしいが、お女将さんはそんなことを気にされているふうはない。立ち居振る舞いと言葉には品がある。


ビジネスモデルがどうのこうのではなく、おいしいものを、心地よい空間でたべてもらいたい。主の気持ちがしっかりと伝わるお店だった。店の名前は『ふかせ』という。愛媛県大洲に行かれる方、少し遠いけれども、絶対に一度は行ってみる価値のあるお店である。




昨日のI/O

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