スマイル0円のリスク
スマイル0円
マクドナルドの店頭メニューリストには、はっきりとそう書いてある。だからなんだけれど、最近のマクド(関西風の呼び方ですね)に行くたびに、これってどうなんだろうと考えてしまう。
もとよりマクド全店を対象とした話ではない。マクドの平均的な印象についての話でもない。自分がよく行く数店舗に限ってのコトだとは思うのだけれど、さて。
スマイル0円ということは、もちろん「笑顔は無料です。(だから)どなたにも私たちは笑顔を忘れません」を意味するはずだ。わざわざ店頭でそうアピールするぐらいだから、笑顔での接客には力を入れているのだろうし、自信もあるはずと推察する。
ところが少なくとも奈良近辺の数店舗では「笑顔なんてわざわざ笑顔代を追加で払わんと、絶対に笑てくれへんのやろな。この人らは」と思わざるをえないような接客をしてくれる。しつこいようだけれど、そのお店でも時間帯により、あるいはスタッフにより差があることはわかっているので、そのあたりくれぐれも誤解のないように。
さて、ここで少し考えてみたいのが価値/対価の関係である。
仮に原価1円のモノがあるとする。原価がいくら安くとも、そのモノに絶対的な価値を認めるお客様がいたなら、対価が1万円でも買ってくれる可能性はあるだろう。逆に原価が1万円のモノがある。原材料費、加工費、物流費その他諸々のコストを積み重ねた結果、1万円の対価をもらわないと採算が合わない。そんなモノだ。
しかし、誰もこの1万円のモノに価値を認めなければどうなるか。当たり前のことだけれど、誰も買いはしない。1円で売っていたとしても価値がなければ、誰も買わない。
では対価0円で手に入るマクドのスマイルは、どう考えるべきなのだろうか。スマイルの本当の価値とは、すなわち心地よさだろう。お店にやってきたときににっこりと「いらっしゃいませ」と声をかけてもらい、「ご注文は何になされますか」「○○と○○と○○ですね、ご一緒にポテトはいかがですか」「お会計は○○円でございます」「ありがとうございました」と続くそれぞれのことばに笑顔が添えられていることがもたらす心地よさである。
「その心地よさをマクドは提供します。対価はいただきません」。これがスマイル0円のメッセージではないのか。
それがリスクになる可能性はマクドナルドさんは、理解されているのだろうか。仮にホットコーヒーを頼んで100円支払い、手にしたカップが冷たかったら、それはクレームの対象になる。「ちょっとコーヒー冷たいやん、替えてえな」ぐらいはいう。そして温かいのに取り替えてもらったら、少しばかりの不愉快感は残るかもしれないが、いずれ忘れてしまんじゃないだろうか。
ところがスマイルは0円、つまりタダだ。だからもし、笑顔で接客してもらえなかったからといって、客の方が文句を言う筋合いはない(中にはいらっしゃるかもしれないが、私には言えない)。言えないけれど、結局笑顔はタダやから当たり外れがあるんやなとか、嘘ばっかり言うとるやんけ、マクドはけっ、といった憤懣を心のどこかに溜めることになる。
そんな状態で家に戻り、袋を開いてみて,さあ食べようと思ったらナゲットのソースがなかった。なんてときは「何しとんじゃい、あの愛想の悪いおねえちゃんは」ぐらいの憤りにヒートアップする。
とまあ、ここまではあくまでも顧客サイドの話である。ここから先は勝手な危惧に過ぎないけれど、提供サイドの意識はどうなのだろうか。まさかハンバーガーを作るのに手を抜こうと考えるスタッフはいないと思いたい。なぜなら、ハンバーガーはきちんと対価をいただく商品なのだから。
ではスマイルはどうか。いくら提供しても0円である。それそのもので売上があがるわけではない。忙しいときに、いちいちニコニコしてられっかよ、金払ってもらってるわけでもないのに。と考えるスタッフがいたとしてもおかしくはない。もし、そんなスタッフが増えてきたら、どうなるか。
ここにスマイル0円のリスクをみるのは、うがち過ぎだろうか。
というエントリーを書いた後で、大阪でマクドが大量にサクラを使ったという記事を読んだ。なるほどね、ちょっとおかしくなりつつあるのかもしれないな、マクドナルド。
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