非効率な『ひとさら』さん

にんじんのフリットである

ひとくち食べてみて、仰天。にんじんを薄く切って揚げる。そして塩を一つかみぱらりと振りかける。それだけ。


たぶん、揚げたてホクホクじゃないとダメなんだと思う。冷めちゃうと、にんじんが固くなるから。そして、この薄さじゃないと美味しくないのだと思う。口に入れて噛みしめたときの歯ごたえが計算されているから。さらに、塩をぱらりとやや上から全体に振りかけるのでなければ、加減が狂うのだと思う。


でも、この一品ができ上がるまでの様子をつぶさに見ていて思う。わざわざにんじんを切るところから始めないとダメなんだろうか? と。にんじんぐらい、下ごしらえで思う通りの厚みに切りそろえておき、それをラップするなりパックに入れておけばいいじゃないか。


いや、これが本日のメインディッシュなら、それぐらいの手間をかけてもよい。さすがにメインディッシュはきついかもしれないが(いや、個人的には、これでも十分にメインとなり得ると思うが)、サブメインぐらいでもいい。


ところがである。これがランチメニューの一品に過ぎない。過ぎないというと誤解を受けそうだが、他にも今日のランチは7品あるのだ。その中のわずかに一つにさえ、これほどの手間をかける。なぜなら、にんじんのフリットはそうやって、にんじんから必要な量だけを切り出して、すぐに揚げる方が、少しでもにんじん本来のうま味・甘みを出せるから。


と『ひとひら』さんのシェフは信じているのだ。食物学的に、その方がうまいのかどうかは知らない。ただ、そうやって作られた料理をいただく側としては、ただただ頭が下がるのみである。その気持ちが美味しさにつながると思う。実際にうまい。



ちなみに今日のメインディッシュはオムライスだった。もちろん一人分ずつ卵を割り、かき混ぜるところから始める。効率を重視するなら、卵なんて必要な量を予想して割ってかき混ぜておけば良いではないか。


が、そんなことは絶対にやらないのだ。何しろ『ひとさら』さんは、効率より美味しさを大切にするから。いや、この表現は少し違うのかもしれない。大切にしているのは「こうした方が、きっとおいしい」という自分の信念に嘘をつかないことなんだろう。


だから非効率に見えても、そんなの関係ないのだろう。誤解のないように付け加えておくと、手際はすごくいい。そしてあえて非効率にしているわけではまったくない。むしろ、効率化できるところは徹底的に効率化されている。ただ、効率化を目的としてしまってはいないということだ。


料理を作る目的は『ひとさら』さんの場合、あくまでも「おいしいものを,食べてもらいたい」という自らの気持ちを成就することにあるのではないか。そんな気さえする。


効率化が失わせるものは、実は他にもたくさんあるんじゃないか。そんなことも考えてしまう、今日のランチだった。それにしても、これだけ通っても、まだ次々と新しいメニューが出てくる。一体、どうやって次から次へと新メニューを考え出しているのだろう。


間違いなく、いま取材してみたい人ナンバーワンが、この『ひとさら』シェフである。


昨日のI/O

In:
『思考・発想にパソコンを使うな』増田剛
Out:
東京大学・坂崎教授インタビューメモ
同志社大学・橋本教授インタビュー原稿

昨日の稽古:

・懸垂