『キッチンひとさら』さんの一工夫


ひと声、ひと手間、ひと工夫



飲食店に限らず、およそすべてのサービス業が成功するための秘訣は、この三つのキーワードに集約される。以前、ある大手居酒屋チェーンの覆面モニター調査&デプスインタビューを行なって得た結論だ。


飲食店にアドバイスさせていただく時は、必ずこの三つのポイントからお話しさせていただく。あるいは繁盛店を訪ねたときには、いつもこの三点をチェックしている。この10年ほど、そうやっていろいろなお店を見てきて、あるいはサービス業に関わってきて、この結論はいまや個人的な真理といっていい。


さて、再び三たび『キッチンひとさら』さんである。ここは以前にも書いたように(→ http://d.hatena.ne.jp/atutake/20090602/1243916769)「ひと手間」どころか「ふた手間」も「み(三)手間」もかけている。普通なら、そこまでやらんでしょうというところまで徹底的にこだわる。なぜなら神は細部に宿るから。おお、そうか。もはや『キッチンひとさら』さんの味わいは、神の領域に達している(とまで言うと、ちょっと大げさすぎるかもしれないけれど)


しかも『キッチンひとさら』さんのひと手間は、たいていひと工夫と連動している。すなわち、はっきりとした理由ありきの手間であり、工夫なのだ。その理由とは、女性シェフが「おいしいものを食べている人の顔を見るのが好き」だから。これだけである。


そこで、またまたびっくらこいた二品を紹介したい。


一つは山芋のチーズ焼きである。チーズの絡め方が絶妙なのは言うまでもないが、シャクシャク食べていてなぜかとてもリズム感があるのだ。なぜだろうと料理をじっと見つめてみて,妙なことに気がついた。小さく刻んだ山芋の大きさと形が一つひとつ、微妙に違う。


えっ! もしかした包丁さばきがめちゃめちゃ下手、なわけがない。わざとである。揃えて切る方がウンと楽なはずなのに、あえて時間をかけて違う形と大きさにしている。なぜか。その方が同じ山芋のチーズ焼きとはいえ、口に含んだときの食感が一つひとつ違うからだろう。その違いが心地よいリズム感を産み出すのだ。ひと工夫するために、どんだけ手間かけてんねんと感服するのみ。



続けて出てきたのが、にんじんのフリット。といえば以前にもご紹介したことがある。だが、同じ名前に騙されちゃいけない。今日のフリットには、前とは違う仕掛けがしてあるのだ。今日のはにんじんそのものの甘みが強いのである。甘みがあることを知った『ひとさら』さんはきっと、この甘みをさらに引き立たせるにはどうしたらいいか、と考えをめぐらせたのだろう。


その結果は、衣のひと工夫となった。どんな工夫が埋め込まれているかと言えば、衣がちょび辛なのだ。おそらくは塩コショー、それもコショーは衣にいれる寸前にきっと、自分でガリガリやったのだと思う。ピリッとした辛みにほわっとした香りが絡まっている。


それ故、この「にんじんのフリット」をかじると、最初に衣のピリ辛感が舌を刺激し、然る後にんじんの甘みがジュワッと広がる。見事なまでの緊張と緩和。といえば故・桂枝雀さんの得意技である。枝雀さんは名人クラスの話芸で人を魅了したが、『キッチンひとさら』さんは名人クラスの調理芸で人のこころをわしづかみにする。ここで展開されるのは、味覚のドラマである。


いや、これが例えばお昼の和懐石弁当5000円也とか、お昼のスペシャリテ4000円ですけど、なんかだったら、まあ、わからないでもない。とはいえ実際にはこのクラスでも(あんまり食べたことないけど)、忙しいランチでここまで手の込んだ仕掛けはやらないだろう。


ところが『キッチンひとさら』さんは、880円のランチなのだ。しつこいけれど、それでも9品つくのだ。くどいけれど、一皿ずつ食べる前に作ってくれるのだ。とても、ていねいに、しっかりと、気持ちを込めて。


『キッチンひとさら』さんは、ひと工夫するために、ひと手間かける。その徹底ぶりは、どんなお客様(たとえばりばりの常連さんであっても)と接する時でもきっと「一期一会」の気持ちを忘れないからなのだろう。だから目一杯の工夫をして、そのために手間をかけて、お料理を出してくれる。


いったい『キッチンひとさら』さんは、どれだけたくさんのレシピを持っているのだろう。どれだけ深くお客さんのことを考えてくれているのだろう。すごいのひと言である。



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