なぜ人の話を聴けないのか3


黙って、人の話を聞くのはつらい


早坂茂三さんにへそを曲げられてしまい、一時間の取材中、じっと黙ってメモとをっていた私は、黙って話を聞くことのつらさ、難しさを思い知らされました。もちろん普段のインタビューでも、基本的には聞き役に徹しているわけです。


しかし、インタビューではまず、こちらから話を切り出します。こういうことを聞きたいのですが、と質問を投げかけ、相手の答えに応じて話を転がしていく。うまくコントロールできるときがあれば、相手が一方的に話そうとするときもあります。それでも、最低限のコミュニケーションは成り立っている。つまりインタラクティブな関係です。


ところが一方的に話を聞かされる。一切の質問、口出しはならぬ。という状況は実に厳しいものでした。


そもそもインタビューという仕事は、こちらは何かについて聞きたいと思うところがあり、相手にはそれについて話したいと思うことがあって成り立つ仕事です。


こちらに何も聞きたいことがなくて、どうぞ好きなようにしゃべってくださいでは、プロとしての取材は成立しません。逆にこちらの聞きたいことだけに答えてください、余計なことは一切しゃべらなくて良いですから、という取材はありなのかもしれませんが、それでは話し手が面白くないでしょう。


私が考えている理想的な取材仕事とは、まず相手がよく知っていること、日頃から深く考えていることについて聞く。これが基本です。ただし、話の流れは要所要所でいいから、こちらがリードする。うまく相づちを入れたり、相手の話を要約したりしながら、話に流れを創り出すわけです。


そうして話を聞き出しながら、理想は相手が、話をしている間に新しいことを思いつく。これです。相手からすればこうなります。つまり自分がよく知っているテーマ、これまでも散々考えてきた内容について、いろいろな角度から質問されているうちに、これまで気づかなかったことを思いつく。新たなひらめきが生まれるわけです。


こうなるとしめたもの、お互いが得します。


私としてはこれまでのインタビュワーが聞き出せなかったことを聞けるわけだし、相手にとってもこれまでとは違うことを思いつくわけで、お互いめでたしめでたしとなる。そんな取材をしたいなあといつも心がけているわけです。


ところが、これが言うは簡単行うは難しの典型です。


まず基本的に相手は初対面の方ばかりです。相手と私の間には何も接点がない。たいていの場合、相手は有名な方ですから、私の方は相手のことを存じ上げているけれども、向こうは知りません。当たり前ですけれど。


そして相手はそれぞれの分野で一家言をお持ちの方ばかり。だから、そのテーマについて伺いに行くわけで、基本的には「だいたい、こんんなことを話しておけば良いんだろう」ぐらいに思っておられる。もちろん、だいたいはそれで良いわけですが、それじゃ面白くない。だって予め調べてわかっている話ですからね。


そこで相手にとっては意外な質問を投げてみるわけですが、これが難しいのです。人により、タイミングにより、内容により反応は、もう千差万別ですから。


めちゃくちゃ最高の場合は「よくぞ、そんなことを聞いてくれた。それについて考えると、こうなるな」と相手がすごく機嫌良く調子に乗ってくださる場合があります。たぶん、それまでにも無意識のうちに考えておられたことを、うまくついた場合なんでしょう。いや、ほんとに話が興に乗って止まらなくなることもある。


大学の先生などがお相手の場合は、取材は一時間でと念を押されていたにもかかわらず、先生がどんどん話して行かれて、終わってみれば四時間経っていたなんてこともありました。


逆ももちろんあるわけです。「なんで、そんなうっとうしい質問に答えなければいけないんだ」と憮然とされてしまい、そこで打ち切りになりかけたこともあったりします。


ことほど左様に聞くことに徹していても、相手の話を聞くことは難しいんですね。しかし、ただ聞くだけじゃない。こちらが聞きたいことを聞き出す。これがインタビュー仕事です。この仕事を通じて、さらに聞くことについての理解が深まったのです。




昨日のI/O

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『文章のみがき方』辰野和男
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S社様株主報告書原稿

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