皿洗い一つの難しさ


滞在時間5日間で部屋にいたのが10時間弱


時間単価にすれば、何とも高いホテル代になってしまった。1時間当たり2000円ぐらいなら、東京でも五つ星クラスだろう。いわんや、新居浜においてをや。そもそも、そんな高いホテルはないのだ。泊まっていたのは一泊5000円弱のビジネスホテルである。


新居浜に4泊5日で出かけていた。お手伝いさせてもらっている飲食店さんが、リニューアルオープンする。スタッフ指導などから、キッチンでの導線、調理作業のボトルネックなどいろいろ見て欲しいというのが、今回の依頼。だったのだが。


実際にやっていたのは、昼はひたすら食器洗いである。昼のメニューは、セルフのうどん。お客さんは自分でトレイを持ち、まず天ぷらを選んで、うどんを注文する。選んだものをトレイに載せてレジで精算、あとは好きな席を選んで自由に食べればよい。


このお店の昼の目玉・うどんは、本場讃岐味である。讃岐のうどん学校に通い、そこで習ったレシピを元に自分たちで、さらに改良を加えた。小麦粉一つとっても、製粉屋さんが出しているブランドをそのまま使ったりはしない。いろいろなブランドをブレンドして使っているのだ。だから、小麦粉袋には、ちゃんと「専用粉」と書かれている。


普通は、そんな面倒なことはやらない。理想の配合を見つけるまでに、一体どれだけの時間がかかることか。しかもことは小麦粉の混ぜ具合だけに限らないのだ。塩分、水分も調整しなければならない。ということは、日々変わる気温を勘案して、毎日練り具合を変えるわけだ。


このレベルまでくると、誰でもができる業ではなくなってくる。逆にいえば、そこまでの感覚を持っている人間がやるから、味が突き抜ける。そんなうどんを出していた店が、夜はもつ鍋をメインに出しにこだわった一品メニューも出す店へと業態転換する。


当然、店を完全リニューアルしなければならない。一ヶ月の間、店を閉めて改装し、さあオープンである。大変である。工事が一日延びたおかげで、てんてこ舞いである。わやである。深刻な欠陥、工事の手抜きに設計ミスが出てきたりする。それでもチラシを折り込んでいるから、何としてでも店を開けなければならない。


という状況では、いくら第三者的な視点からとか、客観的に見てと言われても、まず猫の手でも差し出す必要があるではないか。早い話が、洗い場スタッフがいないのだ。人数的には揃っているが、他にやるべきことがある。そちらの方が優先順位が高い。


では、洗い場は誰が受け持つのか。幸か不幸か以前からお店に行っているときに、片付けの手伝いくらいはしている。食洗機だって使える私が、成り行き上やるしかない。


なし崩し的にと言うか、暗黙の了解というか、阿吽の呼吸というか。栄誉ある新店での初代食器洗いマスターを務めることになった。さすがに100席近くのうどん店の洗い場を一人でこなすのは不可能なので、サポートに新人さんが一人ついてくれる。


戦争は12時前に始まった。開店は10時からだが、さすがに暇である。というか10時には普通の人は、うどん食べに来れませんでしょう。ところがお昼休み前から、来る。どんどん来る。行列ができる。店内が新居浜駅前のさびれた雰囲気から、松山のメインストリートの喧噪状態に一気に転換する。


うどんの椀、コップ、トレイに天ぷらの取り皿が基本4点セットだ。これにイレギュラーパターンで、ざるが入ったりつゆ入れが混ざったりする。お子様用の食器も用意されている。これを右から左へと洗っていく。11時半からひたすら洗う。


まず容器に残っているものをシンクの右端に区切られているエリアに捨てる。続いて容器を半径30センチぐらいのボールに浸ける。お湯につけた後、洗剤を含ませたスポンジで洗う。洗った食器は「ボール・右」の隣にある「ボール・左」に移す。このボールにはお湯が注ぎっぱなしになっている。


ここまでの一連の作業を十回から十五回繰り返した後には、左のボールに同じ数だけの食器類が入っていることになる。これをお湯ですすぐ。すすぐやいなや、シンクの左側に用意されている、一辺の長さ50センチぐらいの正方形で、お湯が通るよう底がすかすかになっている容器に入れていく。切りの良いところで、その容器を食洗機に向けて押す。


食洗機のカバーを下げる。熱湯消毒と乾燥が終わると「ピー・ピー・ピー」と三回合図の音が鳴る。カバーを上げると、洗い立てあっつあつの食器が出てくるという次第。


もとより高度な技術を要するわけではない。ないが、戻ってきた食器の汚れ具合を見て、スポンジにさらに洗剤を含ませるかどうかの判断が求められる。加えてスポンジの柔らかい方を使うか、たわし風になっている部分で洗うかを瞬時に決めなければならない。


判断基準は、ぬめりである。肉うどん系などの油っぽいメニューを頼まれたお客様のトレイは、結構油でぎとっている。こういう時は、二度洗いが必要だ。だからといって器をためつすがめつしている余裕などない。トレイを返してもらう棚には、ひっきりなしにお客さんがやってきている。


初日は196組、二日目は160組分の食器を洗わせてもらった。独り言をつぶやくゆとりもない。無我である。集中の3時間である。たかが皿洗いなどと、この仕事を決してなめてはいけない。


昨日のI/O

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この4日間、非常事態故、一切アウトプットできず
今日から復活してがんばります

昨日の稽古: