たちばなのけいらんうどん



『けいらん』とは何か


素直に変換すれば「鶏卵」、読んで字のごとく鶏の卵となるのだろうけれど、これが京都で、しかも「けいらん」の後に「うどん」とつながると、別の意味になる。わかりやすくいえば、かき玉子あんかけうどんである。


寒いときには、これが合う。そもそも、あんかけには熱を閉じ込める力がある。だから、うどんにだしで溶いたあんかけをかけるだけでも、寒い冬にはごちそうになる。うどんにあんかけといえば、京都名物は「たぬきうどん」だ。ここで少し注意して欲しいのだけれど、京都の「たぬきうどん」と他の地域のそれでは、名前は同じとはいえ中身が違う。


京都で「たぬきうどん」といえば、細切りにした油揚げにあんをかけ、ショウガをのせる。これが大阪では、天かすうどんのことを意味する。推測するに、どちらも、元は「きつねうどん」からの派生となるのだろう。京都では「きつね」を細切りにしたものがたぬきになり、大阪では「きつね」の親戚みたいなもの(天かす」をもってたぬきと呼んだ。


それはともかく「けいらんうどん」である。


うどんの麺はそのものは、先日いただいたカレーうどんと同じく平麺である。ということは、カレーと同じくあんかけが、じんわりと麺に絡むのである。麺のうま味と出しの味わいが、微妙に口の中で絡み合うことになる。麺を噛んだ瞬間には小麦の香りがほのかに漂い、しかし、その薫りは一瞬にして出しの中に溶け含まれていく。


その出しには、玉子が溶かれている。これが舌触りと味わいに絶妙なアクセントを付けるのだ。言うまでもなくあんかけは、さらっとした普通の出しよりも、いくぶんねっとりとしている。うま味をゼリーに固めて、それをちょうど良いあんばいに溶かしたような感じである。一方で、麺には毅然とした存在感がある。かみ切る歯にあたる触感が心地よいぐらいの歯ごたえがある。溶き卵は、そのちょうど真ん中ぐらいのやわらかさといえばいいか。


しょう油ベースの出しのうま味に、ほんの微かな甘味を、溶き卵が添えているのだ。その味つけのバランスの妙。例えるならうどんがチェロである。溶き卵はヴィオラ、そしてあんのバイオリンからなる軽やかな弦楽四重奏のような味わい。


しかも、たちばなの「けいらんうどん」には、フルートやオーボエも加わっている(もちろん、実際にはそんな妙な構成の楽団はたぶんないと思うけれど、あくまでもたとえの話として)。すなわち「かす」であり、九条ネギである。そして、そのすべてを偉大なるコンダクター、ショウガがぴりっと締める。


体がぽっかぽかに暖まることでは、カレーうどんと良い勝負だけれど、この「けいらんうどん」はとてもやさしい温かさなのだ。


カレーうどんが、ピリッとシャキッと挑むような熱さなのに対して、けいらんうどんは、ほわっとした温風でからだ全体をやさしく包み込んでくれるような感じ。


この「けいらんうどん」を出しているお店の名前は、鉄板焼き『たちばな』。京都は町のど真ん中、室町通り仏光寺東入るにある。



昨日のI/O

In:
五輪書宮本武蔵
Out:
早稲田大学・大聖教授取材原稿
大阪医科大学・取材原稿

昨日の稽古:

ナイファンチ、肩胛骨、大腰筋、腹筋、懸垂