500年先を見つめるビジョナリー



shareKARASUMA偉人伝、第7回目はプロデューサーの星野辰馬(ほしの・たつま)さんをご紹介します。


50代になった時、この仕事をやっていけるのか


20代前半で、そんなことを考えた。いつも先を見通す人である。10代後半の頃、雑誌『アントレプレナー』が創刊された。アントレプレナー、すなわち起業家。漠然とした思いではあるけれど、自分も将来は独立して何かしたい、事業を起こしたいと考えるようになった。


起業家をめざす人は、起業に向けて動く。意識せずとも、起業に関する問題意識が養われていく。知らぬ間に、起業に必要な知識をインプットするようになるものだ。


やがて大学を卒業し、広告代理店でディレクター職に就く。京都府のIT関係や稲盛財団京都賞関連などを手がける、ちょっとユニークな企業である。仕事はおもしろく、毎日が刺激的だった。


けれどもIT関連の仕事の動きの速さにも気づいていた。技術の進化は凄まじく、当初は特殊技術だったウェブサイト制作など誰でもできるようになるだろう。20代前半にして、自分が50代になった時、どんな仕事をしているべきか、と考えた。


あれこれ考えるうちに、自分が住んでいる町の特殊性に気づいた。京都である。この町には、伝統工芸が息づいている。新しい暮らしと、昔から続く営みが自然に同居する不思議な町。その町の魅力に引きこまれた。


天職と出会った時、人は「天啓に打たれる」という。


自分がやるべき仕事が見えた。いま仮に、ソニーのウェブサイトを受注できたとしても、そのサイトは5年後にはなくなっているだろう。けれども、伝統工芸に関わるなら、100年先、500年後の世界に、自分の思いを伝えることができるではないか。


若い自分たちが今、工芸の世界に関わらなければ、優れた技術が途切れてしまうおそれも感じた。やりがいと使命感の一致、ビジョナリーである。だからといって、具体的に何をどうすればよいのかがわからない。


普通なら、そこで動きが一旦止まる。改めて考えて、資金繰りもめどを付けて、仲間も集って、と動き出さないための言い訳ならいくらでも思いつく。けれども星野氏は違った。まず、最初の一歩を踏み出さない限り、どこへも行けないことを知っていたのだ。


だから彼は一人、伝統産品の催事販売を始めた。まさに徒手空拳、アルバイトで日々の糧を稼ぎながら、土日祝日はどこでもいい、出展させてくれる場所で、イベント、実演、ワークショップなどを手がけた。一人でも多くの人に、伝統工芸の良さを知ってもらうために。


そんな中で、ある日出会った組みひも屋さんが、次の一歩を導いた。最初の一歩を思いきって踏み出した人だけに訪れる出会いである。組みひも屋さんの営業を手がけるようになり、営業先のネットワークが広がった。


百貨店の催事に呼ばれるようになり、和雑貨セレクトショップからも出品依頼が舞い込むようになった。一方では、面白いことをやっている若者がいる、と評判を聞きつけた伝統工芸の作り手たちから、声がかかるようになった。


屋号の「connect」が示す通り、創り手と売り手をつなぐことが仕事になってきた。動いているうちに、新しい道がまた見えてきた。例えば、組みひもを素材として使えばどうなるのか。


工事用マスキングテープをヒット雑貨「mt」に変えたカモ井加工紙の成功事例がある。マスキングテープの簡単に貼ってはがせる機能を活かしながら、デザイン性を加えることで新たなマーケットを同社は開拓した。同じことが、組みひもでもできるはずだ。


そう考えた星野氏は、組みひもを新たな商品として組み立て直すことを考えた。素材として組みひもを捉え直すなら、新たな用途を開拓できる。その先は日本にとどまらない。


多様な展開を企画する時に、伝統工芸品の特長が活かされることになる。小ロット対応である。オリジナリティを求める相手には、少量限定の稀少性が価値になる。既にオランダのセレクトショップでは扱いが始まっているという。


そして、次のステップも決まっている。


自分でショールーム兼シェアオフィスを立ち上げるのだ。星野氏の考え方に、感性に、未来を見据える志向性に共感したクリエイターが集まるオフィスである。


500年先の世界に、伝統工芸品を残す。星野氏の動きは止まらない。
Rolling stone gathers no moss. 彼が漂わせている爽やかさは、いつも動き続けている人だからこそ醸し出せる空気感なのだ。


昨日のI/O

In:
京都大学農学部取材
Out:
九州大学カーボン・ニュートラル・エネルギー国際研究所原稿

昨日の稽古:

ジョギング