チラシより無料招待


一店あたり約150万円


居酒屋「八剣伝」チェーンを展開するマルシェグループがこれまで新規出店にかけてきた販促費用である。チラシの折込、街頭配布さらには今はやっていないのかもしれないがティッシュ撒きなどかなりなコストがかかる。


これでどれぐらいの効果が見込めるかといえば、実のところは「?」マークだ。なぜならチラシを折込んでも、それをタイミングよ見てもらえるかどうかは神のみぞ知る。仮に折込んだ日に他社も一斉にチラシをバラ撒いていたりすれば、埋もれてしまう率がかなり高い。


それ故にチラシの折込日としては、ほとんどチラシのない水曜日ぐらいがいいという意見と、イヤたくさんチラシが入る土曜日じゃないと結局は注意してみてもらえないだという意見に分かれている。今のところは週末派が優勢なようだけれど、これも実のところはよくわかっていない。(確かどこかの折込み会社の調査データに水曜日説があったはずだけれど)。


チラシが効かないのならクーポン付きのティッシュはどうか。これは確かに一定の効果はある。とりあえずティッシュは単なるチラシよりは受けとってもらえる率が高い。


とはいえ、ご自分のことを考えていただければわかると思うが、かわいい女の子が「お願いしま〜す」なんてやってくれると受けとる率が高まることはあるとして、やたら手さばきの軽やかな兄ちゃんがまいてると「プイっ」て感じでシカトしたりはしないか(個人的にはティッシュをもらうのは大歓迎なので誰が配っていようがまず断らないが)。


ということでチラシ、ティッシュいずれにしても費用対効果は今ひとつとの思いが経営陣の頭から消えることはなかったのだろう。もっとコストパフォーマンスの高い開店告知はないかという意識が常にあったのだ。だからといって奇抜な案を実施するのはリスキーである。そんなリスクを店長クラスが勝手に取ることはまずできない。


そこで恐らくは経営トップがイニシアティブを取る形でマルシェグループが始めたのが、地域住民の無料招待である。関係者を招いたレセプションはこれまでにもあったけれど、お店のまわりに住んでいる人をじゃんじゃんお招きしようなんてのはかなり画期的な試みである。


マルシェの招待には次の三つのパターンがある(日経MJ新聞1月17日)。まず「フェミリーレセプション」、これはアルバイトの家族や親戚、友だちなどが対象となる。そして店舗周辺の町内会や商店街関係者を招く「地域レセプション」と地域の高齢者を招く「シニアレセプション」。


なかでも「シニアレセプション」はうまい策だと思う。何しろ彼らは可処分時間をたっぷりと持っている。可処分所得だって単価2000円ぐらいの居酒屋に月に何回か通う分には十分持っているだろう。これからの居酒屋のコアターゲットの一つとなる層をファンに取り込めれば、その効果は高い。


では、この無料招待作戦のコストパフォーマンスはどうだろうか。推測するにチラシやティッシュより相当に高いのではないか。なぜか。無料招待ならもちろん招待客の飲食代は店の負担となる。が、である。飲食代の原価率はおおむね35%程度。ということはお客様に10万円相当のおもてなしをしても原価ベースなら4万円弱の負担に過ぎない。


仮に客単価2000円相当のご招待をするつもりで10万円分と考えれば50人もお招きすることができる。一人あたりこれぐらいコストをかければお客様には相当なお得感があるはずだ。すなわち八剣伝に対する好感度アップを期待できる。しかもである。その人たちからの口コミを期待できる。


仮にご招待一回あたり50人のお客さんが最低3人ぐらいに口コミしてくれたらどうなるか。原価率換算5万のコストで150人への好感伝達が起こる。新規開店時の告知販促コスト150万をすべて、この無料招待作戦に突っ込めば、150万÷5万×150人=4500人。


仮にレスポンス率0.03%ぐらいといわれるチラシで、これだけの効果を得ようと考えれば、一体何毎のチラシをまかなければならないか。4500÷0.0003=1500万枚である。仮にレスポンス率を大甘に見て0.3%だとしても150万枚。チラシだと折込み代込みでも一枚あたり2円ぐらいはするから当然150万の予算では合わない。


と考えれば、いかに無料招待が経済合理的な策かがわかるだろう。しかもその三分の一は、一度お店に来てくれた人たちだ。そのときのもてなし具合がよければ、少なくとも、もう一回ぐらいは自腹を切って来てくれるだろう。


そして、ここから先は推測なのだが、この無料招待作戦は実は新店立ち上げ時の従業員スキルアップ効果をも狙っているのではないか。招待客を迎えるとなれば万が一にも粗相があってはならない。最高のもてなしをしなければならない。このお客さんたちへの接客サービスが、お店のこれからを決めるのだ。といった訓示を店長がする。


バイトも含めてみんなが一生懸命にやる。とりあえず新しいお店なのだから、気合いも入ろうというものだ。これがお客さんの側からすれば、ただで招いてもらって、しかもサービス良しとなればうれしいに決まってる。お客さんが喜んでくれれば、スタッフは最初から達成感を得ることができる。この原体験は、そのあとのモチベーションアップにつながる。といったプロセスを経て好循環が回って行く可能性が高い。


そこまでの効果を計算しての無料招待作戦だとすれば、これは谷垣社長の(もしかしたら竹内専務の)素晴らしいアイデアだと思う。



昨日のI/O

In:
『インテリジェンス 武器なき戦争/手嶋龍一・佐藤優
仙台某社オフィス取材
Out:
メルマガ


昨日の稽古: