千客万来より一客千来


一人でスーツを年間2億円売る


スーツ販売の達人の話が3回シリーズで掲載されていた(毎日新聞2007年8月7日〜9日朝刊)。単純計算で出勤日一日あたり約30着(年間8000着)のスーツを売っている勘定になる。仮に一日実働8時間だとすれば、一時間あたり約4着。ということは15分に一着だ。


スーツのAOKIに実在するその「スーツ販売達人」は、30年近くに渡って同社のトップ販売員の座をキープしている。なぜ、そんなことができるのだろうか。


瞬間的にいろんなラッキー要因が重なって、ある年の売上第一位を獲得してしまうことはまま、あり得ない話ではない。しかし30年間も維持し続けるためには何か秘訣があるはずだ。秘訣は連載第二回の記事で明らかになった。顧客台帳である。


このスーツ販売名人・町田氏は82年から、接客時のやりとりやお客さんの情報を顧客伝票の欄外に書き込んで保存し始めた。たとえば、こんな調子だ。

「10年くらいのお付き合い。白髪、長身でかっこいい。今日は息子さんの昇進祝いか?」「ちょっといいものをお求めのインテリタイプの方。わざわざ東京都世田谷区から第3京浜で」「21回目のご来店。気さくですごく感じがいい方」
(前掲紙、2007年8月8日付け)


他愛もないといえば、その通り。だけれども、こうしたトリヴィアルな顧客に関する情報をベースとして顧客と交わされる会話は、決して通り一遍の内容とはならないこともよくわかる。自分の細部についてわかってくれている/気付いてくれている相手のことを、人は基本的に快く思うようにできている。


この顧客台帳が30年で20冊のファイルとなり、中には1500人の記録が詰まっている。これが町田氏の売上の秘密だ。仮にこの1500人が毎年、シーズンごとに1着で計4着のスーツを買ってくれるとしたら、どうなるか。それだけで6000着となる。


残念ながら、私はスーツを着ることが滅多にない。年に数えるぐらいしかないので、スーツを買うこともない。この前、本当のスーツを買ったのは結婚する前だから12年ほども前のことになる。ジャケットなら2年に一回ぐらいの割で買っているけれど、店の人に相談して買うことはない。どっちみちXLしか着ることができないので、そもそも選択肢が極めて限られているのだ。


だからスーツを買う時にお店の人と交わされる会話を想像することができない。ただAOKIのようなスーツショップに買い物に行く客の心理状態を考えれば、こんな(というと失礼だけれども、現実的には安売りスーツの店であることには間違いないはずだ)お店でも、自分のことをきちんと覚えてわかってくれた上での接客をされれば、そりゃうれしいし店の人への信頼感もぐっと増すだろう。


カスタムオーダーで仕立ててもらうお店じゃないのである。一着10万とかするスーツを買うわけでもない。平均単価でみれば、2万から3万円のスーツなのだ。


と書いてきて、もしかしたら、ここに町田氏がスーツ販売達人となった秘訣があるのではと気がついた。つまりスーツといえば最低でも10万円以上は出さないと、一般的な感覚としては高級とは見做されない。逆にいえば10万以上をポンと出して買うお客様には、それなりの接客が、それなりのお店でなされて然るべきだ。これがスーツ売買に対する大方の認識だろう。


スーツを相対的に見れば、この認識は当たっている。しかしである。絶対単価で考えればどうなるか。一つのモノ(この場合はスーツですね)を買うために支払うのが3万円である。いくら景気が回復基調にあるとはいえ、一回に3万円を支払う買い物は他に何があるだろうか。たぶんAOKIでスーツを買う客は、そんなことを考えたこともなかったはずだが、潜在的には「3万円も払うんだけどな・・・」的不満が心のどこかでくすぶっていたのではないか。


そこで町田氏はお客様に対する認識を改めた。相手は3万円の安売りスーツを買ってくれる人ではなく、一回の買い物に3万円も使ってくれるお客様なのだと。これが仮に文房具屋さんだったとしたら、あるいは花屋さんだったとしたらどうか。年に4回しか来てくれないけれども、一回来たら3万ぐらい使ってくれるお客さんとなると、相当に印象に残るはずだ。そしてきっとその人は上客としてもてなすに違いない。


みたいなことを考えたんじゃないだろうか。上客としてもてなすということは、まずそのお客様のことをしっかり知ることがスタートになる。そのための顧客台帳なのだろう。これもIT化が進んだ今なら「それじゃあ、システム化しましょうか」といった話になるのだろうが、ここはやはり手書きじゃないと実感が伴わないのだ。


そして町田さんがコツコツと書いてきた顧客台帳は、あくまでも町田さんの顧客台帳でしかない。この台帳を使って他の人が接客しても、町田さんと同じだけの安心感、信頼感、満足感をお客様に与えることは決してできない。


販売の最前線、お客様との接点でのあり方は、時代が変わりシステムが変わってもたぶん、変わらない。「千客万来」より「一客千来」は、あらゆるビジネスの真理だと思う。




昨日のI/O

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