すべらんうどんの意外な顧客


一日うどん300杯


大阪天満宮は星合茶屋にあるうどん屋さん『うどん双樹』の人気メニューが、すべらんうどん。障害者や高齢者向けに考え出された商品だ。日本人がかなり好きな食べ物の一つ、うどんは実は意外に食べにくい食べ物でもある。


うどんを食べる様子を「つるつる」と表現するように、うどんはつるつるしていて滑りやすいからだ。とはいえ若くて元気な間は、うどんが少々滑ろうがお箸で掴みにくかろうが、そんなことはお構いなしである。丼を片手に持ちズズズゥ〜と激しく音を立ててかっ込めばよろしい。うどん食いにうるさい作法なしである。


余談になるが、うどんの本場讃岐はど田舎の名店で地元の方の食べ方を見たときには、さすがに驚いた。タクシーの運転手さんである。店に入ってくるなり彼はひと言「ぶっかけ」とつぶやき、出されたうどんにしょう油をかけるや否や、三回か四回ぐらいでうどんをのみ込んでサクッと仕事に戻っていった。その間わずかに二分もかかっていない。彼の地では、うどんは歯ではなくノドで味わうものだと聞いていたが、その言葉の意味をまさに実感させてくれる豪快なうどん飲みであった。


閑話休題
とはいえ歳を取ると箸さばきが危うくなる。さらに視力にいささかの障害も抱えるようになると、これが案外うどんは一気に難儀な食べ物となる。だからといってうどんをフォークやスプーンで食べたのでは、味わいを著しく損なう。そこでうどん双樹の店主・岡道信さんは考えた。


考えては試作を繰り返し、三年がかりで開発したのが平麺のセンターラインの四カ所にスリットを入れる仕掛けである。このスリットに箸がひっかかりさえすれば、滑りやすいうどんを少々手が不自由でもきちんとお箸で味わうことができる。スリット以外にも麺の長さは持ち上げたときに切れないよう18センチに定め(既製品より10センチ短い)、逆に麺の幅を広くした。


これが当たる。お年寄りはもちろん障害者の方々、小さな子どもから外国人まで食べやすいうどんとして人気を集めることになったのだ。そこで付けた名前が「すべらんうどん」、そして大阪天満宮に店を出したのがキッカケとなって冒頭のような爆発的ヒット商品となった。


まさにネーミングの妙である。大阪天満宮といえば学問の神さま、菅原道真公をまつる神社である。そこには受験シーズンともなれば、大学から中学、さらには小学校に幼稚園までの受験生が詰めかける。彼らにとっては「すべらんうどん」とはいかにもご利益のありそうな商品ではないか。


おかげで店内で食べる客だけではなく、評判を聞きつけた全国の受験生からうどんの注文が殺到する。そして土産用の乾めんの売上が月に一千袋になるという(日本経済新聞2007年10月23日付け夕刊21面より)。


もちろん、当初の企画段階には想定もしていなかった顧客からの、まったく考えていなかったニーズによるヒットとなったわけだ。が、そこはさすがに浪速のあきんどである。いま『うどん双樹』のホームページでは、合格祈願の縁起物や内祝として送れる化粧箱つき・うどんセットを通信販売している。


このケースからは次の二つのことを学べるのではないだろうか。


まず一つには食品のユニバーサルデザインが商品として成立する可能性を秘めていること。高齢者のための食事や介護食ともなると、食べやすさや飲み下しやすさを追求するがあまりに、食べ物本来の食感が損なわれているケースがある。それをいまは代替物がないために、お年寄り達はがまんして食べている。でも、そして食べるものは、本来の楽しい食事ではなく、生きるための単なる糧に近くなるだろう。食べることを楽しめないのは、人が生きていく上で大きな損失となるのではないだろうか。


もう一つは、ネーミングの妙である。たとえば九州地区で『キットカット』が、やはり受験生から人気を集めた事例がある。これは商品名そのものが九州では「きっと勝っとう」、すなわち試験に勝っているというメッセージに聞こえるのだ。これに気付いたメーカーはすかさず、さまざまな受験生シリーズを九州で展開し成功を収めている。


「すべらんうどん」「キットカット」共に、そのネーミングが最初に意図したのとは異なる解釈を受けてヒット商品となった。ということは、何か一つネーミングを考えたら、それをまったく異なるターゲットにフィットするかも、といった視点で見直すことが意外なエリアに発想を広げてくれる可能性がある。


ネーミング、恐るべしである(だからネーミング代は、もっと、きちんと請求したいし、すべきだと思うけれども、どうもこちら=関西ではそうした点を考えてくれるクライアントさんが少なくて困るのだよ。ブツブツ)。





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サイボウズ・青野社長インタビュー記事
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