起こりを消すには


最悪はテレフォンパンチである


向かい合っている相手に対して、いったん「せ〜の」という感じで右手を引いて体もひねって、ストレートを繰り出す。避けられること必須ぐらいならまだしも、相手が上級者ならそもそも突きの準備に入ったところをきっちり狙われる。「テレフォンパンチ」という名前が表しているように、これからパンチを出しますよとわざわざ相手に告げるなんて愚の骨頂である。


では、もっとも悪い例がテレフォンパンチだとすれば、理想の突きはどうなるのか。予備動作がまったくない状態から繰り出される突き、ということになる。たとえば組手立ちで構えた手が、何の前触れもなく飛び出してくるようなイメージだ。


そんなことできるか。できない。なぜなら人の体は何か動作をしようとするとき、必ず予備動作をするようにできているから。たとえば野球である。ボールを投げるとき、バットで打つときのことを思い出していただければわかりやすいと思う。あるいは重い荷物を持ち上げるときでもそうだ。どんなときも予備動作が必要だし、力を出そうとすればするほど反動を付けるのである。


確かにあるレベルまでは反動を使った方が力を強く出すことができる。突きならば、体をねじって力をぎゅ〜っと溜めておいて、蓄えた力を一気に発散する。そんなイメージだろうか。ただ、これでは相手に読まれる、冒頭に述べた通りだ。パンチの強さだけを競うスポーツならまだしも、武道でこんなことをしていてはまったく役に立たない。


自分が窮地を脱すること、それだけに絞り込むなら力はゼロでも構わないのだ。力よりもいかに相手に読まれないか。機先を制することが、極端な話生死を分ける、ぐらいの覚悟で稽古するのが武道である。相手に読まれず先手を取ることができれば、わざわざ拳を固めて相手の体の固いところを叩く必要はない。たとえば指で目を狙う。それだけで、こちらは無事に逃げることができるだろう。


逆に組手稽古をしている時などは、いつも相手の肩をよく見るようにと教わる。なぜなら肩の動きに相手の技の起こりが見えるからだ。右の逆突きを出そうとすれば、左肩が前に出て右肩が後ろに引かれる。蹴りを出す時も同じだ。それでも技を決められる時はある。想像以上に突きや蹴りが速かった場合である。これは仕方がない。筋力の勝負となれば、筋力のある人が勝ちなのだからいかんともしがたいわけだ。


筋力勝負ということになれば、技の起こりが相手にわかってもかまわない、ぐらいの猛者もいるだろう。仮に受けられたとしても、その受けをぶち壊すぐらいのパワーがあればよい。乱暴な考え方かもしれないが、競技的な空手ならこうしたやり方もある。


しかし、今から筋力強化に努めたり、物理的なスピードで勝負することに意味はない。ましてや競技をするわけでもないのだから、ここはやはり起こりをいかにゼロに近づけるかを目指すべきなのだと思う。素人考えによれば、二つの方向性があると思う。一つは常に動き続けること。もう一つは静止状態から一気に動くこと。


常に動き続けるとは、いわゆる居着かないことに通じるはずだ。たとえば太極拳である。いつもゆるゆると動いていて、一見その動きにはムダが多いようにも思える。しかし一連の流れるような動きの中から攻めが繰り出されるとしたら、これは相手にとっては極めて受けにくいものとなるのではないか。しかも、相手にはムダに見える動きが、実は次なる攻め手の予備動作となっていたらどうだろうか。太極拳のことを詳しく知らない者がえらそうに語る資格はないけれども、そんなふうに思う。


あるいは全力全速で動いているにも関わらず、相手からは極めてゆっくりと動いているようにしか見えないこともある。能がそうだ。能のシテの心拍数は180ぐらいにも達するという。ゆるゆるとしか動いていないように見えても、あるいはまるで止まっているようにしか見えなくとも、シテはいつも全力で全細胞を動かしている。超高速で回転するコマが静止しているように見えるのと同じイメージだ。そうした状態からなら一気に力を爆発させることができるのかもしれない。能はとても興味深い武道(とは普通はいわないけれども)だと思う。


では、静止状態から一気に動くとはどういうふうにすればいいのだろうか。ある本で読んだ記憶によれば、最高の突きとは歩いていて何かにつんのめったかのように前に倒れながら拳を突き出すことという。つんのめるということは予備動作はナシということだろう。つんのめりながら前に倒れ込むようにして突きを出せば、おそらくは全体重が拳に集中する。これが一撃必殺の突きになる。そんな話だった。


甲野先生がいわれるように、体を小魚の群れのようにバラバラにしておいて、必要なときに群れ全体が一気に動きを変える、というイメージも興味深い(このあたりは、まったく推測でしかないけれども)。「浪の下」という技などは、そうした動きに重力の力をうまく利用しているようにも思う。ちなみに、この技を一度家人に試したときには、こちらを掴んでいた手が片から抜けそうになったと涙目で抗議された。ツボにはまれば、素人でもそれぐらいの力がだせるのかもしれない。


起こりを消す。基本稽古の時からそうした意識を持てば、単純な突き一つとってみても稽古におもしろみを見出すことができる。だから空手はやめられないのだ。



昨日のI/O

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『国家論』佐藤優
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