野茂英雄が開いた道


アメリカで123、日本で78


野茂英雄投手が重ねた勝ち星の数である。言うまでもないことだが、野茂投手は日本よりアメリカで多く勝った。その野茂投手がアメリカに行くと宣言した時、日本の評論家たちの多くはさまざまないい方で彼を非難した。


いわく実力を考えれば「絶対に成功しない、するはずがない」と言った一見実力評価風を装った感情論があり、さらに感情が高ぶった人の中には「育ててもらった日本球界に対して、後足で砂をかけるようなやり方だ」とまでけなす人がいた。野茂投手はあえて何も反論しなかったし、大リーグで成功した後も「あのとき、僕のことを認めなかった人を見返してやりたかった」的なコメントを発することはなかった。


ただし、野茂は一連の騒動の中で人をしっかり見極めていたのだと思う。特にマスコミとそこに乗っかっている「いわゆる」プロ野球OB評論家のいい加減さを。何しろ彼らはあれだけ口汚く野茂をののしっておきながら、野茂が一年目から大活躍しアメリカで人気を集めるとまさに手のひらを返したのだ。だから彼は、自分に続いて大リーグに挑戦したいと考える後輩たちに対しては親身に相談に乗ったが、マスコミや評論家に対してはぶっきらぼうを通したのだと思う。


その野茂が拓いた道を通って、たくさんの選手が大リーグに渡っていった。おそらくどんな世界でも同じだと思うけれど、パイオニアの進む道は決して順風満帆とは言えない。パイオニアをめざす多くの野心家が途中で挫折してしまうのは、まわりの理解のなさという障壁があまりにも高いからだろう。そこを乗り越えることは本当に苦難の道なのだ。だからこそ乗り越えることができた稀有な人たちには賞賛が集まる。


そして、今年、またパイオニアになろうかという人物が現れた。社会人ENEOSの田沢投手である。彼は、どうせプロになるのなら日本ではなく最初から大リーグでやりたいと考えた。もちろん実力に裏付けられた自信あってのことだろう。そして彼の自信のバックボーンとしては、すでに数球団の大リーグスカウトから声をかけられていることも含まれているはずだ。スポーツ新聞の記事によれば、その評価額は10億円に達するともいう。


実にめでたい、素晴らしいことではないか。


遂にメジャーリーグ三顧の礼で(10億円の評価が、この表現にふさわしいぐらいのものなのかどうかは不明だけれど)迎えに来るような選手を日本球界は生み出すことができたのだ。これがどれだけすごいことか。


もちろん、これまでにもプロ入りに当たっていきなり大リーグを選択した日本人プレイヤーがいなかったわけではない。が、大リーグから正面切ってスカウトに来た、しかも10億円もの契約金を用意してきたというのは、初めてのケースだろう。その意味では田沢選手も明らかにパイオニアになり得る可能性を秘めている。


ところが。


このめでたい話に対して、日本のプロ野球界はどう反応したか。田沢が大リーグからそれだけの高い評価を得たことを喜ぶのではなく、若い有望な選手が大リーグに流出することに対する不快感だけを表明した。挙句の果てには、巨人の代表などは「当然、ドラフト会議では指命しますよ」などと表明していた。


昔どこかで見たような風景がフラッシュバックしてくるようだ。田沢選手と野茂さんのケースはいろんな条件が違う。野茂さんの場合は、アメリカがすごく評価したからドジャーズに行ったわけではなかった。彼は大リーグでやってみたい、自分の力を試してみたいという純粋な思いだけでアメリカに渡ったのだ。お金の話などたぶん、どうでもよかったのだろう。それでも日本の関係者は彼を非難した。


これから田沢選手がどうなるのか。彼にとって幸運なのは、プロ野球関係者は未だに以前の考え方から抜け出すことができていないけれども、マスコミサイドの意識は変わってきていること。まだコメントを発していないようだが、二宮清純氏あたりが田沢氏を応援する発言をすれば、アメリカ行きへ向けての流れが生まれるような気がする。


確かに日本の球界にとって損失、という見方は間違っていない。しかしメジャーが迎えにきた初めての日本人プレイヤーという、すばらしく評価に値する側面を忘れてはならない。今回の一件は、明らかに歴史に残る出来事なのだ。田沢選手をぜひ気持ちよくアメリカに送り出し、願わくば彼が新人王でもとって活躍することを。



「こんな前例を認めてしまったら有望な選手はみんなアメリカへ行ってしまうじゃないか」。といったコメントを出しているプロ野球関係者がいた。が、そんなコメントを出すこと自体が、日本プロ野球の衰退ぶりを自ら認めていることに彼は気がつかないのだろうか。ここは百歩譲っても、これからは日本のプロ野球ももっと改革を進めて、有望な選手こそ日本でやりたいと言ってくれる環境を整備したい、ぐらいのことは言ってほしかった。



昨日のI/O

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