なぜ人の話を聴けないのか2


誰でも、人の話ぐらい聞ける


だから「話し下手」という言葉はあっても「聞き下手」とはいわない。ましてや「話術」はあっても「聞術」なんて辞書にも載っていない。でも、本当にみんな、人の話をちゃんと聞けているのだろうか。そんな問題意識がわき上がってきました。


なぜ、そんなややこしいことを考えるようになったか。おそらくは自分の仕事が影響しているのでしょう。仕事はざっと二種類に分けられます。


一つは人の話を聴いて、原稿にまとめる仕事。いわゆるインタビュワーです。もう一つが、主に経営者の方の話を聴いて、その企業の今後の進路についてアドバイスしたり、企画を創ったりする仕事です。経営コンサルタントと呼ばれます。


どちらも聞くことから、仕事はスタートします。より正確に言うなら、聞かないと話は始まりません。


インタビュワーとしての仕事は、かれこれもう20年近く続けていて、この間にお話を伺った相手は、著名人といわれる方で600人を超えています。一般の方(カルチャー教室の生徒さんやミステリーショッパーを依頼した調査員の方など)まで含めれば千人以上になります。


変わったところではわざわざ中国まで出かけていき、山西省という田舎にある発電所の所長さん、もちろん中国の人ですが、あるいは上海市下水道局の偉いさんなんて方にも取材をしたことがあります。


これほどたくさんの方から話を聞いてきた中では、いろんなことがありました。覚えている限りで印象に残っている方といえば、たとえば桂三枝さん、あの人はテレビで見るのとは大違いでした。取材時にはびっくりするぐらいの無愛想。おそらく、根が生真面目な方なのでしょう、誤解されることを極力恐れているようで、とにかく口の重たい方でした。


あるいは元阪神の監督で今度オリックスに移られた岡田監督、お顔はご存じの通りとても愛嬌のある方です(実際にのほほん、という形容詞がぴったりだと感じました)。ところが、話を聞いてみると、めちゃくちゃ賢い。実はものすごくきめ細かく鋭く考えておられました。じゃないと、プロ野球の監督として勝っていくことは難しい、当たり前のことですね。


あるいは最近少し影を潜めていらっしゃるけれども、自民党小池百合子議員さんは、魔力的な魅力を秘めた方でした。


少し脱線すると、小池百合子さんの美力(びぢからとお読みください)は半端なかったです。対面してお話を聞いているだけなのに、そのきれいな目の中に吸い込まれてしまいそうな気がしました。


もう一つ余談ですが、長い取材歴の中で一度だけ、往生きわまってしまったことがあります。早坂茂三さん、田中角栄元首相の秘書をされていた方に帝王学を伺いに行ったときの出来事、ささいなことからえらく機嫌を損ねてしまいました。


取材を始める前に「君は当然僕の本を読んできたと思うが、どれを読んできたかね」といきなりたずねられて、頓珍漢な答えをしてしまいました。取材前に相手のことを調べるのは当たり前のことですから、もちろん5冊ほど読んでいたのです。東京へ向かう新幹線の中でも復習していたぐらいなのに。


にもかかわらず、いきなり題名をと聞かれて、焦ってしまったのか、タイトルをごちゃ混ぜにしていってしまった。


これで一発アウト。とても不機嫌になられました。「そんないい加減な読み方をしてきた相手とは話をしたくない」と。結果的にそのときの取材は、早坂さんが一方的に話をされ、それを私は黙って聞くだけ。こちらは一切口を差し挟むことなく終わりました。後にも先にも取材に行って、こんな状況になったことは、このとき一回限りです。


しかし、横でじっと聞いていて、気づいた。話を聴くことの大切さについて。


より正確に言えば、自分が知りたいと思っていることを聞くための技術についてです。今思えば、この気づきが聞術につながるひらめきだったのでしょう(続く)



昨日のI/O

In:
『パリだより』森有正
Out:
古川佐賀県知事 インタビュー原稿

昨日の稽古: