おっちゃんも、プチ整形してみよっかな?


30人から40人に一人。


ある美容皮膚科を訪れるプチ整形患者のうちの男性の割合だそうだ(日経MJ1月30日)。ほんまに、そんなやつがおるんか? というのが第一印象。


プチ整形の特長は、メスを使わないこと。レーザー光線を当てたり、ヒアルロン酸やコラーゲンを皮膚の下に注入したりして、たるみをとったりするらしい。


早い話がいかに若々しく見せるかに重点を置いた整形が、プチ整形ってことなんだろう。なんて話をすると、そんな外見だけ若く装うことには意味はない。大切なのは生き様だ。男の人生は顔に出るっていうじゃないか、みたいな反論が出てくるんだろうけれど。まあ、これはステレオタイプな反応ということでおいておく。


プチ整形を肯定的に評価するとどうなるか。


外見が若々しいというのは、当人にとって確実に何らかのプラス要因として働くだろう。まわりの人から「●●さんが60歳だなんて、とっても信じらんな〜い」なんていわれるのは、かなりうれしいことじゃないんだろうか。そうしたポジティブな気分は、当然その人のふだんの生き方にプラスの影響を与えると思う。それって、ええことやん。


そもそも、プチ整形などにお金と時間をかけられる人は、そこそこのお金持ち&時間持ちでもあるはずで、そうした人がさらに前向き思考になることでより好循環に入っていくと考えられる。アメリカではビジネスの上でもルックスは大切だそうだ。なるほどね。


う〜む。プチ整形、何も悪いことはないのか。じゃ、やってみようかな。とは、今のところどうしても思えない。


仮に、自分が10年後(なんと、もう56歳だ)プチ整形をやれるだけのお金と時間を持っていたとすると、やるだろうか。そのときになってみないとわからないけれど、現時点での答は「やらない」だ。なぜか。


ヤだからだ。何が嫌なんだろう。装うことが性に合わないのだと思う。とはいえ普段から格好にはまったく気を遣っていないのかと問われれば、もちろんそんなことはない。なぜ格好を気にするのかと問いつめられれば、それは他人の目を意識しているからだ。


じゃ、プチ整形やればいいじゃん。
あれ、なんかおかしいな。


もう少し考えてみるに、本当の理由はそんなもん必要ないやんけと思っているからか。確かに10年間という時間は、私の体力、知力、容貌などから確実にその取り分をとっていくだろう。だが、それでいいではないか。仮に10年後、ぼろぼろの姿をしていたとしても、それでいいんじゃないかと。それが、自分として生きるってことじゃないのか。などとごにょごにょ考えたりする。


でも、もしかして10年間でプチ整形のコストが劇的に安くなって、臨床的にも安全であることが証明されて、今や男性でも70%の人がプチる時代ですよ、なんていわれたらやるかもなあ。


とはいえ10年後ならまだだろうが、20年ぐらいのスパンで考えれば再生医療やガン治療などがかなり進んでいるはずで、お金をかければ寿命を延ばすなんてことが現実のものとなっている可能性もある。かりに再生医療などをやれば、老化した自分の体を、自分の細胞で再生できるわけで、これは外から薬品をいれたりレーザーを当てたりするのとは、ちょっと意味が変わってくる。


そうやって余命を長らえているうちに、もしかしたら再生医療にお金をかけることができる人たちは平均寿命百歳突破、なんて社会になってることもありうる。これはプチ整形などとはテーマの次元が変わってくるわけだが。


そこまで長生きして、幸せなんだろうか。



昨日のI/O

In:
アフターダーク村上春樹
Out:
I社・社長対談インタビュー


昨日の稽古:

※昨夏以来、ずっと書き続けてきた社長対談インタビューを書き終えて、なんか気が抜けたら熱が出てしまいました。気の持ちようで体調って変わるものなんですね。