言われなかったことは何か?


不都合な真実アル・ゴア』について養老孟司氏の書評(毎日新聞4月15日・今週の本棚)を読んだ。


モノの見方、考え方について極めて示唆に富む書評である。ここで取り上げられている『不都合な真実』は映画化もされ、その中では地球温暖化の進行状況が丹念に、かつショッキングな事実として描かれていた。書籍版『不都合な真実』もテキストに加えて写真、グラフなどのビジュアル要素がたくさん盛り込まれ、視覚的にわかりやすく表わされている。


この本を読めば、なるほど地球温暖化は空恐ろしいほどの勢いで進んでいると思わざるを得ない。その温暖化の原因は、温暖化ガス(主にCO2)である。温暖化を食い止めるためには、一刻も早く手を打たなければならないと、素直に考える人が多いだろう。このこと自体を否定するつもりは全くないし、もちろんその通りと同意する。


環境問題は、子どもたちの将来に決定的な影響を与える問題である。大局的には人類の永続のためにといった大テーマになるが、とりあえずは自分の子どもが大きくなったとき、安心して子どもを作れるような(=未来を信じることができるような)環境を残してやらなければと思う。そんなことはおそらく、我々の親の世代から団塊の世代ぐらいまでの人たちはあまり意識してこなかったのではないだろうか。


ところが我々は、そうした意識をしっかりと持ち、少しずつでも何かアクションを起こしていかないとヤバい、ぐらいの状況に追い込まれている。環境問題とひと言にいっても、その内容は多岐に渡る。温暖化、エネルギー(=資源枯渇)、食料、人口などがすべて絡み合った問題である。これはおそらく人類に課せられた史上最難問といえるだろう。


こうした問題意識は、以前『知恵市場』というメーリングリストでディスカッションを繰り返していたこともあり、ずっと持っている。アル・ゴアがセンセーショナルな本を出すずっと以前からレスター・ブラウン氏が毎年出している『地球白書』を読めば、事態はもっと深刻であることを理解できるだろう。


環境問題の根底にあるのは、環境に関わる要因がすべてトレード・オフの関係にあることだと理解している。それは地球環境が資源を含めそもそもは有限であることに由来する。だからトウモロコシを原料としたエタノール燃料が最近盛んにいわれているけれども、あれに燃料シフトするということは、食料と水資源に大きな影響があることを認識しておくべきだろう。


話が少しそれた。では、養老孟司氏の書評は、どんな視点が示唆に富んでいるのか。


環境問題についての議論は、一方向的になりがちである。すなわち「地球温暖化は事実である。早急に何とかしなければならない。全世界が一致して立ち向かうべき課題」だといった案配に。さらに『不都合な真実』のようにビジュアル重視で感覚的に訴求されると、より人は煽動されやすい。


そこで養老氏は「待てよ」と言っているのである。確かにゴア氏の主張はもっとなことばかりである。だから「もっともらしいことばかりを言う奴は疑って然るべきだ」などいう浅知恵ではない。もっと突っ込んで考えるべきだと養老先生はおっしゃっているのである。


何を考えるのか。もっともらしいこと、誰もがうなずくことを言っているゴア氏が「言っていないこと」は何かを考えよと。

記述そのものを信用しないのではない。一歩留保を置くというべきであろうか。多くの人の利害に関わる問題では、政治家がなにをいうか、その内容自体が重要なのではない。なにを「いわないか」が重要なのである。
毎日新聞4月15日・今週の本棚)


これは以前のエントリーで書いた『シャーロック・ホームズ』の視点と同じである。すなわちシャーロック・ホームズの視点とは、あってしかるべきはずなのに現実にはないものに目を向ける視点である。本来なら必ずあるはずのものが欠けているとすれば、そこには何か原因があるはずだと考える。野口悠紀雄先生に教えてもらったものの見方だ。
http://d.hatena.ne.jp/atutake/20060607/1149631489


では『不都合な真実』に書かれていないことは何か。米国の温暖化ガス排出量が世界で突出していることを指摘しながら、「それがなぜか?」を追求していないことである。本来ならこの「なぜ?」を問いつめることがとても重要だと思う。


その時のやり方としてよくいわれるのが、たとえばトヨタ流の「なぜを五回繰り返せ」といった掘り下げ方だ。これは確かに効果がある。そうやってなぜを繰り返していけば、表層に見えている問題の本質的な原因を掴むことができる。イシューツリーで原因を追及していくのも同じ考え方だ。


だが「なぜ」を問いつめるのには、もう一つやり方がある。それは「なぜ〜なのか」を問うときには、「〜でなければ、どうなっていただろうか」と考える視点である。要するに過去において選ばれなかった選択肢を思い浮かべ、その選択肢が選ばれていればどうなっていたかを考える視点だ。


すると、「なぜアメリカは温暖化ガスを大量に排出しているのか」という問いは、「アメリカが温暖化ガスを大量に排出しないライフスタイルを選んでいたら、どうなっていたか?」という問いに置き換えられる。


この問いに対する答も、人それぞれいろんな考えがあるだろう。そんなことを今さら考えても仕方がないという意見もあるかも知れない。個人的にはこの答えこそが環境問題の根深さというか、人間の本性に絡み付いた部分であり、安易な解決策がない決定的なポイントだと思う。


昨日のI/O

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『物語の構造分析/ロラン・バルト
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