真夜中の正拳中段突き



物音で目が覚めた


ほかの部屋からである。二階には誰もいないはず、なのにゴトッとイスが動くような音がした。おかしい。そっとドアを開けて廊下をのぞいてみると、奥の部屋から明かりが漏れている。まだぼやっとしていた頭にスイッチが入った。


ぎゅっと下腹の奥の中が縮む。誰かいる。それも、うちの家族ではない誰かが。まさか本当に抜き足差し足をする羽目になるとは思わなかったが、全神経を集中して足音を消して歩いた。歩数にすれば10歩もない。ささやきが聞こえてきた。一人ではないようだ。


そして日本語とも違うようだ。同じ自治会の中で何軒かが空き巣被害にあっていたことを思い出した。警察の話では、奴らはたいてい3人組でやってくるのだという。一人が見張り役、ほかの二人が忍び込み、金目のもので運びやすい大きさのものだけを奪っていく。たしか、そんな話だった。


うちにはそんなものはないのに。などといろいろなことが一瞬のうちに頭の中に浮かんでは消える。明かりがついている部屋の前まで来た。声からすれば、たぶん中にいるのは二人。そして一人は既に窓から外に出て、屋根の上にいるようだ。もう一人が今まさに窓を乗り越えようとしている。


「おらぁ〜」だったか「ごらぁ〜」だったか。何を言ったのか、正確に覚えていないが、とにかく叫びながらドアの取っ手を引っ張り、部屋の中に突撃した。ちょうど、残った方が窓の外へ下りた瞬間だった。


えんじ色のカーディガンを着ていた。黒縁の眼鏡をかけている。ゴワっとした髪の毛を何かの油で押さえつけている。とても角張った顔が、こっちをみている。向こうも何か叫んでいる。けれどもそれは言葉ではなく、叫びにしか聞こえなかった。


部屋を飛ぶように横切り、窓の外にいるそいつの腹に叩き込んだ。飛び込みざま、右の正拳突きを。人に対してこれっぽちも加減することなく、思いっきり正拳を突き込んだのは、おそらく初めてのことだ。


石に拳をぶつけたような痛みで、今度は本当に目が覚めた。


なんと相手の腹だと思ったのは夢の中の話で、実際に突きを叩きつけたのは、枕元に転がっている12キロのダンベルだった。そしてギャッとかウンギャッとか、訳のわからない声を張り上げたらしい。


その声で目を覚ました家人が「どうしたん!」といいながら、飛び起きた。あっ、夢やったんやとホッとしたのはいいけれど、拳が腫れて痛い。トイレに行って灯りの下でみると、右手が左手より少し大きくなっている。夢の中でもきちんと正拳を握り込んで突いたらしく、赤くなっているのは拳頭の部分だ。


が、朝になってもう一度きちんとみると、小指の関節に切れ目が入っていて、少し血がにじんでいた。ということは、正確な正拳突きではなかったのだ。まだまだ修業が甘く、そして足りない。残念である。


昨日のI/O

In:
『めくらやなぎと眠る女』村上春樹
Out:
jig.jp福野社長テープメモ

昨日の稽古: