腕時計は価値を生むか


一つ、5700万


ハリー・ウィンストンの『オーパス6』の値段である。そんな自動車メーカーあったかなあ? って、ないっすよ、そんなの。だって、これ腕時計なんですから。といっても宝石つけまくりのキラキラタイプじゃまったくなくて宝石はゼロ。というかパッと見には「これで、どうやって時間を見るんじゃ」と謎の形をしている。


写真を見せられないのが残念だけれど、どうしても見たいって人はぜひ『NILE's NILE』誌の別冊『WATCH IN STYLE2』を取り寄せてご覧あれ。ちなみにこの『NILE's NILE』誌は高額所得者専用の雑誌らしく、書店では売っていない。


なんで、そんなお門違いな雑誌がうちに届いているかというと、たぶん何かの仕事(確かセレブにアプローチするには、みたいなお題だったんじゃないか)の時に、必要資料として購読を申し込んだから。それ以来、律儀に送ってもらっていて、とっても勉強にはなっている。


話を戻して『オーパス6』である。とりあえずこの『オーパス』シリーズはすごい時計らしい。
http://www.tompkins.jp/basel/basel06/baselworld/harry.html


すごいといわれても、どうすごいのかがわからないのだが何しろ精巧なのだとは思う。が、それがどれほどすごくても5700万円に相当する価値があるのかどうか。時計は、どこまでいっても時計じゃないのか。「名は体を現す」の言葉通り、時計とは「時を計る」道具だと思う。


のだが、ある特定の社会グループに属する人たちの間では、どんな時計をしているかが、その人がどんな人であるかを示すシンボルになる場合もある。まさにボードリヤールが予言した世界である。たとえば宝石のように、あるいはファッションのように。時にはどんなクルマに乗っているかとか、どんな家に住んでいるかとか、もしかしたらどんな女性と付き合っているか、なんてことも、その人をシンボライズする記号となる。


だから時計がそうしたシンボルであったとしても別に構わないし、そんな人たちとはまったく関係のない世界に生きているのだから、それはそれでお好きになさればよいのだが。


しかし、我が師(勝手に師匠とさせてもらっているのだけれど)板倉雄一郎師はいった。「何かを欲しがるなら、それ自体が価値創造を行うものを求めよ」と。この考え方に与する自分としては、どうにも納得がいかない。もっとも『オーパス6』の作者やこれを扱っている人たちからすれば、逆に私などはまったくのアウトオブ眼中でもあるわけで、こちらが何をどう言っていようがまったく関係ないことも確かである。


確かなのは、世の中には間違いなくこうした時計を求める人たちがいる、ということだろう。そして、以前セレブビジネスについて調べたときにわかったのは、マーケティング的にもっとも効率がいいのは、実はこうしたセレブ層を相手にすること。つまりビジネスは不特定多数の大衆層を相手にするよりも、特定少数のセレブ層をターゲットにする方が、実はずっと手っ取り早くて利益率も高いのだ。


だってねえ、不特定多数の大衆層なんて、わがままの固まりでしょう。特にネットの普及でいろんな情報が簡単に手に入るようになってしまったからには、彼らのわがままぶりはどんどん過激になっている。ところがわがままは膨張する一方なのに、財布のヒモはがっちり閉まっている。価格情報だってあちらこちらに出回っているために、ちょっとでも高いと買ってはくれない。とっても勝手なターゲットが不特定多数大衆層というわけだ。


これに対して特定少数セレブとは、その名の通り特定されている。つまり、どこにいるのかがわかる。もちろん、それなりのルートがなければ、そうした人たちとお近づきになることは不可能ではあるけれども、逆にどうにかしてひとたびルートを作ってしまえば、彼らのサークル内でいろいろ紹介してもらうことは可能だ。


そして特定の少数だから、一人ひとりのわがままをとことん聞いてあげればいい。その見返りは、十分すぎるぐらいある。こんなビジネスチャンスに目を付けて創刊されたのが、実は前述した『NILE's NILE』であったりするわけだ。


にしても、時計一つが5700万円。それがメカ的に造形美的にも、また精度的にも優れたものであることを認めたとして、やはりおかしい。こうした時計が売買される世界は、やはりどこか狂っているようにも思う。


ちなみに昨年、イケイケベンチャー社長たちにインタビューをして回っていたときに注意して見ていると、みんなやはりそれなりっぽい時計をしていた。それとなしに聞いてみると、お値段だいたい300万から500万ぐらいの時計。普段、腕時計をする必要がまったくない私が、そのときインタビュー時間に正確さを期する必要に迫られ、秋葉原ヨドバシカメラで買ったのが1000円の時計。


これでもちゃんと仕事には使えたんですけれど。もちろん、今でもちゃんと動いてますけど・・・。



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