四十歳からの空手18・他流派との稽古


「遠慮いらんで。思いっきりきてや。かめへんから」


たまたまクライアントでとても仲のよい人が、高校時代に空手をやっていたという。私がええ年して空手を習い始めたのを知ると、ぜひ相手をしてあげようとのこと。そこで普段稽古で使っている体育館を特別に個人使用で申し込み、日曜日にわざわざ大阪から出てきてもらった。


彼はいわゆる伝統派である。剛柔流という流派らしい。ともかく他流派の人に稽古を付けてもらうのは始めてである。めちゃくちゃ戸惑った。クライアント氏は、高校時代と比べて20キロ近く体重が増えているらしい。なので往時の切れはないとコメントしておられた。が、それでもこちらの印象は『超ッパヤ』だ。


何しろ構え方、間合いの取り方が普段の組手とはまったく違う。そのままでは突きはもちろん蹴りさえも届かないぐらいの距離に構えるクライアント氏は、微妙に前後動を繰り返しているかと思えば、いきなり逆突きで飛び込んでくる。これ一発である。そして突きの後にはたいてい前蹴りのおまけがついてくる。そんなんぜんぜん対応できませんて。


高校時代の全盛期から比べれば、見る影もないとはご本人の弁だが、その高校生のときには西日本大会で優勝したほどの強者である。高校の空手部で稽古し、それが終わってから今度は町の道場に出向く。そこで大人に交じって3時間ほど。つごう一日5時間から6時間も稽古していたのだから、これは強い。


初回の稽古は、まったく相手にならなかった。


ところが、懲りもせずにまた稽古を申し込んだのだ。さすがにしばらく間をおき、こちらも審査を受けたり試合に出たりとそれなりに稽古を積んでからである。その間スタミナを付けるために走ったり、攻撃力を付けるために筋トレをしたり、打撃に耐えるためにガラス瓶トレ(とはいわないと思うけれど)に励んできた。前回よりちょっとぐらいはマシになっているだろうと考えたわけだ。そして自分の上達具合を量るのには、しばらく間の空いているクライアント氏に相手をしてもらうのがいちばんだと。


私に初めて稽古を付けてくれた日から後、彼が上達することはない(影でこっそり稽古でもすれば別だけれど、そんなことしている暇がないことはこっちだってよく知っている)。に対して、こちらは少なくともいろんな面で以前とは違う。何よりのポイントはほんの少しだけ勇気がついたことだろう。だから間合いを詰めることを覚えた。


お互いの攻撃が届かない距離は、相手の間合いである。ということは攻防を相手の思うがままにコントロールされるということだ。すなわち、こちらは一方的に不利である。そこで間合いを詰めてみた。


ところが最初は、前へ出るたびにすっころばされた。私の足が前へ踏み出す瞬間を狙って足払いをかけられるわけだ。これがまた、すってんころりと見事にひっくり返される。当たり前だ、おっかなびっくりでそろそろ前へ出るのだから、相手から見れば「こかしてください」といっているようなものだ。こりゃいかんわと作戦変更、フットワークもどきを使った。


まず、わざわざサウスポーに構え直した。そして斜め前、反対の斜め前という具合に体を振りながら、間合いを詰めていく。これが効いた。相手はこちらほどには動けないのだ。正確にいうなら動きたくないのだ。この一発と決めて前へ飛び出す瞬発力はあっても、こちらに付き合って動き続ける持久力はない。体重が増えてしまったがために息が上がるのである。


チャンス到来!


左右に振りながら近づいていき、唯一使えるコンビネーションを繰り出す。ローキックから右左のワンツー、ワンパターンではあるが仕方がない、ひたすらこれで攻める。攻め終わったら、すぐに下がる。また近づく。よほど鬱陶しいと思ったのだろう、何回目かに近づいたときにフルコン系みたいな突きの応酬になった。


こっちはもう、わけわからない状態で思いっきり突きを出す。手数の出し合いなら、こっちの方がスタミナのある分有利である。試合以来、こういうシチュエーションではアドレナリンが出まくったりもする。盲滅法に振り回した何発かの突きの一発に妙に手応えがあった。そして、クライアント氏の動きが止まった。


「うまなったなあ。今日はこれぐらいにしといたるわ」と言われ、その日は別れた。そのあとお正月休みに入り、年明けいちばんにお会いした時の最初のセリフにびびった。


「自分なあ、わしあばらにヒビ入っとってんで。おかげで、ええ寝正月させてもろたわ」。正月早々、ショえ〜であった。


昨日のI/O

In:
近畿大学工学部教授インタビュー
Out:
エネゲート・大崎電気社長対談インタビューメモ

昨日の稽古: