通勤時間の効用
10秒から10分へ
引っ越しに伴って通勤時間が大幅に増えた。単純計算で60倍、引っ越し前の自宅兼仕事場なら二階に上がるだけ、だったのが今では住まいを出て靴を履き、身なりもそれなりに整えててくてく歩いていかなければならない。こいつはちょっと面倒なことになった。
と思いきや。このわずか10分ほどの通勤時間が思わぬ効用をもたらしてくれそうだ。住まいから仕事場までの経路はざっと八通りある。行きと帰り、それぞれお気に入りの道筋がある。
まず往路。これは人通りの多いメインストリートがいい。朝も9時前ぐらいとなればもろに通勤時間帯とかぶる。結構な人が歩いている。これが良い。たくさんの、これから仕事に向かうぞといった顔つきの人を見ることで、自分の気持ちも自然に仕事モードに切り替わる(ときどきドキッとするようなきれいな人を見かけることもある。そんなときは一日中気分がよかったりする)。
街を行くさまざまな人を目にすればおそらく、自然と頭にいろいろな刺激が与えられるだろう。すなわち無意識のうちに脳が活性化されることだろう。視覚に飛び込んでくる人やクルマ、ビルなどがトリガーになって、頭の片隅に置いてある『要・アイデアひねり出し案件』に関する思いつきやひらめきが生まれたっておかしくないではないか。
これぞ通勤の最高の効用だ。頭に浮かんだアイデアを歩きながらビジュアルイメージやことばにまとめ、仕事場に着くやいなやメモしたり、Macでカタチに仕上げたりできる。たぶん部屋に籠ってうだうだ考えているより、アイデアのクォリティはきっと高いはずだ。
仕事場は京都の街のほぼど真ん中に位置する故、お店も各種揃っている。以前ならコンビニに行くのにもわざわざクルマを出してと大儀だったが、今度はファミマもローソンも目の前。スーパーだって歩いて1分、感じの良いカフェもある、定食屋もカラオケだって揃っている。とても便利である。
大きな本屋さんだってすぐ近くになる。本を目の前にすると、知らぬ間についつい時間が経ってしまうから要注意だけれど、仕事に必要な本もたいていはすぐに手に入る。Amazonなら翌日配達、自分で歩いていけば即日入手というわけだ。
仕事場の窓を開けていると、街のざわめきを感じる。これも仕事モチベーションを高めてくれる(と思うことにしている)。オフィスはマンションの9階にあり、窓を閉め切れば今度は一転、とっても静かだ。
とはいえメリットばかりではない。
まず何よりもコストがかかる。住まいと仕事場を分けるということは家賃もそれだけ払わなければならない。ネット回線も二本契約しなければならない(もしかしたら回線は一本だけで、仕事場はイーモバイルで間に合わせるかもしれないけれど)。夜は仕事場に長居しないつもりだが、電気代だって二重払いだ。
また本屋があり、カフェも近く、コンビニが目の前となれば「ちょっと気分転換」と自分に言い訳して出かける機会が増えるだろう。そうやって視点を変えることで直ちにアイデアをひねり出せればよいが、単なる気晴らしに終わってしまった場合はまったくの時間の無駄。自制心にいささか問題を抱えている身としては、こうした誘惑の多さは時間効率を下げるリスクに直結する。
言うまでもなくそうやって外に出かけて散財すれば、懐具合だって痛む。困ったことである。
さらに仕事場生活五日目にして気づいたのは、一人っきりでいると思ったより淋しいということ。以前はたいてい人の気配がどこかにしていた。それは家人や息子のものであったり、あるいは家の前を歩いている近所の人であったり、あるいは飼い犬の遠吠えだったりしたわけだが、今度の仕事場で窓を閉め切ってしまうとほとんど物音がしない。
基本的にワンルームマンションの住人たちは昼間、どこかに出かけているのだろう。隣の部屋も上の部屋もことりともしない。いずれ慣れるのだろうが、しんとしているのはなかなかにもの寂しいものである。
とメリット/デメリットそれぞれあるわけだが、差し引きすればやはり仕事場が外にあるメリットの方が圧倒的に大きい。通勤といっても、いわゆる痛勤じゃまったくないわけで、これでぜいたくを言えば罰が当たるというもの。
ただいささかロンリーであるのは間違いないので京都におられる方、京都に来られる方は、どうぞお気軽にお越しを。今週末には残りの段ボール(まだ40箱ぐらいある)を片付け、お客様に座っていただくぐらいのスペースは確保しておきますので。
昨日のI/O
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『直球勝負の会社』出口治明
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