買うべきか、買わざるべきか

イヤホンを３セット持っている

といって別に、イヤホンマニアではない。そもそも、そんなマニアがいるはずもないだろう。では、音楽マニアなのかと言われると、それも違う。確かにかつては音楽大好き人間ではあった。友人と一緒に独立し、自分たちの事務所を開いた時も、まず揃えたのは（中古だったが）オーディオコンポである。

ちなみに、その友人に対して「こいつなら一緒にやっていけるんじゃないか」と納得した理由は、音楽の趣味が似ていることにあった。こちらはライター、彼はデザイナー、私は几帳面（誰かが嘘つけ！というかもしれないが）、あちらはざっくばらん。基本的にきれい好きな私（これまた、またまた！という人がいるかも知れないが）、散らかし放題のあの人。何より典型的なA型人間（そうは見えませんか）が、これぞB型といった相手とやっていけるはずがない。

と最初は逡巡していたのだが「こいつのこの曲、好きやねん」一致度が、半端なかったのだ。そして音楽を好きな人に悪い奴はいないのである。だから彼と始めた、広告や販促物の企画制作事務所では、一日中お互いのCDが流されることとなった。１年ほどの苦節の時を過ぎ、すこしばかり余裕が出始めると、彼が定期購読していたミュージック・マガジンを見て、一人あたり５枚ほどのCDを買い込むことが、ささやかな楽しみとなっていた。

けれども、音楽はイヤホンで聞くものじゃない。ウォークマン第一世代ではあるが、あれは、どうも好きになれなかった。唯一ウォークマンを聞いたのは、深夜に一人、バイクを走らせる時だけ。そんな時はたいていMiles Davisを聞いていた。

そんな人間が、なぜ３つもイヤホンを持っているかというと仕事のためである。取材仕事が多い。取材というのは人の話を聴くことである。だから録音する。録音データを聞きなおし、いわゆる「テープ起こし」をして、さてどんな原稿に仕上げようかと頭を悩ませることになる。そのテープ起こしの必需品がイヤホンである。

取材仕事を始めた頃は、そもそも録音すらしなかった。話を聞きながら書きなぐったメモを読み返し、記憶に加えて自分の妄想を忍び込ませ、原稿を書き上げていた。当然、評判は良くない。「わし、そんなこと言うたか」クレームが発生することもあった。これはイカンと反省したのである。取材にクライアントが同席するケースが増えたこともあり、ミニカセットテープレコーダーは必需品となった。

しかし、テープは録るものの、やはり、あまり、きちんと聞き直すことはなかった。面倒くさいのである。取材に１時間かかった場合、テープを聞き直すと、それにまた１時間かかる。だが、ある時ある人から取材方法について話を伺って、自分がとんでもない間違いをしていることに気がついた。

その人は取材は真剣勝負、相手の発言に全神経を集中し、話の流れを常に読みながら取材を進めようと思えば、メモを取ることもおぼつかないと話されたのだ。これを聞くに及んで、取材者としての自分の仕事ぶりのいい加減さを思い知らされることになった。もとよりすべての取材仕事かくあるべしなどと言うつもりはない。自分の名前で書くルポなら、取材相手の話は、自分が書く原稿のピースである。話をどう好きなように解釈しようが、基本的には構わないはずだ。

しかし、私が関わっているのは、お代を頂戴して、相手の言いたいことを代弁する原稿仕事である。私がどう思うかにファーストプライオリティはなく、相手がどう言って欲しいかを最優先するのでなければ、ギャラをいただいちゃイカンのだ。だったら、相手の言葉の一つひとつ、どんな表情で、声の調子で放たれた言葉なのかにまで気を配るべきではないか。

メモはオマケである。

と考えるようになり、俄然テープの重要性が高まった。つまり取材後には、自分用にテープ起こしを擦る必要があるというわけだ。そしてテープ起こしをするためには、Macにつなぐイヤホンがないと仕事にならない。そのために「しまったぁ！イヤホン持ってくるの忘れた」アクシデントが起こるたびに、旅先で高いイヤホンを買うことになる。

そして今、雪の金沢に向かうサンダーバードの車内で、さて、仕事するべいとかばんをのぞいて、イヤホンを家に忘れてきたことに気づいたのだ。こんなミスをしないようにと、二つ持っている仕事カバンのそれぞれに一つずつイヤホンを入れていたのにもかかわらず、数日前に今持っているかばんから引っ張り出してしまったことをすっかり忘れていた。

一応、今回の一泊二日取材出張ツアーでは、テープを聴く時間を４時間ほど見積もっている。これが飛んでしまうのは、後々のもろもろ仕事進捗上極めて痛い。故にやはり買わざるをえないか、４セット目のイヤホン。しくしく。

昨日のI/O

In：
『はじめての認知療法』大野裕
MBSTDM取材
Out：

昨日の稽古：

ジョギング