あなたは座り小便派?


無記名アンケートでは52%


洋式トイレで座って小便をする男性の割合である(週刊エコノミスト4月25日号)。本当であろうか。ちょっとググってみるとちょうど4年ぐらい前、とあるテレビ局が調査した結果では、座り派は14.7%だったそうだ。もっとも別のデータによれば、この時点ですでに20%を超えているという話もあったらしい。
http://www.y-morimoto.com/haisetsu/tatsusuwaru.html


コトがコトだけになかなか表沙汰とはならなかっただけなのかもしれない。個人的にも同じ頃、大学時代の友人の家にいったとき「悪いけど、おしっこは座ってしてね」なんていわれて、なんのこっちゃいと意味不明状態に陥った記憶がある。もちろん相当に酔っぱらってもいたので、そんなん知らんわいとばかりにやったのであるが、そういえば私がトイレに立つと毎回、すかさず彼が後を追うようにトイレに入っていた。いまにして思えば、奥様のことを気にして後始末をしてくれていたのかもしれない。


冒頭のアンケートをとったのは、日垣隆氏。以前からこの問題に関心をお持ちらしく講演会のたびに会場で挙手式のアンケートをとっていたとか。ところが挙手となると、まわりの人に対する恥じらいがある。衆人監視の下で「わしは座ってしちょるけん」なんていうのは、男の沽券に関わる問題である。挙手では正確な数字を得られないだろうと無記名アンケートに切り替えた結果が実に52%と出た。


う〜ん。オトコの半分以上が座ってる。
一体どういうことだ。そんなことでいいのか!


なぜ座るのか、その理由は、まあ直感的にわかる。それが奥さんからの要請であろうことは想像に難くない。しかしである。いわれたからといって「はい、そうですか」と素直に従ってよいものであろうか。


男性が立っておしっこをする。この習慣には人類誕生以来600万年の歴史がある。それは気の遠くなるほど長い時間ずっと受け継がれてきた、由緒正しい男性の権利とさえいっていい。


さらにいうなら、私は別段人体構造に詳しいわけではないが、男が立って(しかもできるならほんの少し足の幅を広くとり、腰の上あたりにいささかの力み・いきみをいれながら)ことをいたすのは、実に理に適った行為だと考える。


なぜなら男としてはその態勢がもっとも、いきむことができるからだ。きばれるのである。貯めに貯めた小水を、一気に解放するときの快感があるのである。そしてこれだけは、男と女が死ぬまで分かち合えぬ感覚である(というと大げさすぎるかもしれないけれど)。


であるにもかかわらず、座ってせよとは、どういうことか。背景には住まいの変化があるのはわかる。和式便所がすでにほぼ絶滅し、どこへいっても洋式の時代だ。田舎の旧家でもないかぎり、わざわざ男性小用のトイレを別につくっているところもない。いきおい男女が共用で洋式を使わざるを得ない。もちろん昔に比べて女性の力が飛躍的に強くなったことも影響がないとはいえないだろう。


女性の視点からすれば「しぶきが飛ぶやんか。汚いやんか」となるのもわからない話ではない。洋式ウォシュレットによって男性が、これまたおそらく人類史始まって以来の恩恵を受けていることに同意するのもまったくやぶさかではない。


しかし座ってオシッコだけは勘弁してほしい。


男が男でなくなるというか、なんというか。女性にはわからないだろうが、洋式便所に腰掛けてとなると、男はものすごく気を遣うのである。なんとなれば少し下向きに押さておかないと、とんでもないことになる恐れもあるのである。座って、押さえて、遠慮してチョボチョボというのでは、正直な話、淋しすぎる。男として生きていく上でのとても大切な生理的快感の一つが失われてしまうのである。


飛沫の行方については、いま以上に気を遣うので、どうか「男も座ってすべし」などといった風潮が盛り上がらないことを心より祈る。もしそんなことになってしまえば、男性にとって貴重かつ素晴らしいコミュニケーションチャンスである連れションをできなくなるではないか。


考えてもみたまえ。小便小僧があのポーズを取っていることにはちゃんとした理由があるのだ。そこんとこ、よろしく、である。



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