誰に何を伝えるか




キーボードの向こうに、誰を思うのか


何も知らない子どもたちがいる。その子どもたちに、理科の、もっと大きくいえば科学のおもしろさを伝えたい。そう思って取り組んだ仕事が、立派な本になった。


といっても、全編365のお話のうち、担当させてもらったのは20本ほどにすぎない。最初の取材依頼があったのは、去年の春だった。ギャラが極めて限られた仕事で、ヘタをすると交通費も出ないかもしれない。けれども、意義があると信じている仕事なので、ぜひ、協力して欲しい。


そんなオファーを編集者から受けた。だから、京都近辺の研究者を取材対象として、時間の開いている時で良ければ、という条件で引き受けた。


最初の取材は、工繊大の先生。取材テーマは、ヤママユ。資料を読んだ時点で、タイトルと原稿の流れはだいたい頭の中に浮かんでいた。それを元に先生に話を聞き、考えている原稿の組み立てを話すとOKをもらえた。原稿の文字数は500字程度だから、ごく絞り込んだ内容になる。取材自体は、それほど時間のかかるものではない。


けれども、工繊大には他にもいろいろお世話になっていて、みたいな話をすると、先生も興が乗ったようで、結局1時間ぐらいお話していた。


次の取材は、真夏の金沢だった。さすがに金沢まで行くとなると、交通費もきっちり見てくれるという。しかも、一人の先生に取材して13本記事を書くことになるらしい。これぐらいまとまれば、そこそこの仕事になる。


なぜ島ができたのか、山ができたのか、富士山があの形になった理由は、などなど。わかっているようでいて、いざ子どもにわかりやすく説明しなさいと言われれば、できないネタばかりだ。取材自体は、てきぱきと進めたので、12本(一本は内容がかぶるので取り止めになった)2時間勝負でケリが付いた。が、さすがにへとへとになった。


そのあと、門真まで出かけて、ある先生のご自宅でミツバチの話を伺ったりもした。この先生への取材に関しては、事前に編集部との連絡で行き違いがあったようで、怒っておられるかもしれないという。お詫びにおみやげを持って行ってくれと言われていた。


確かに、最初はちょっと怒っておられたのかもしれない。待ち合わせの場所まで先生は自転車で来られて、そこからご自宅まで案内してくださるのだが、先生は自転車に乗ったままだ。だから、かなりな早足というか、駆け足で追っかけなければついていけなかった。真夏のお昼1時ぐらいで、日陰のない道を駆けるのは結構キツイ。


けれども取材が始まると、空気は一変する。こちらは、ミツバチのことなど何も知らない。そこで、いろいろ興味深く質問すると、とてもていねいに答えてくださる。ほんの少し持っている理系の知識を背景に、話を引き出すと、先生も興が乗ったように話してくださる。


30分ほどの取材と言っていたのが、気がついたら2時間ほどが経っていた。最初に冷たい麦茶、次はコーヒー、最後にはわらび餅まで出してもてなしていただいた。


ほかにスカイプを使った取材も3本ほどやって、原稿を書き始めたのが10月頃だったか。年内には校了したいので、と言われつつも、それほど催促は受けなかった。考えてみれば365本もの原稿を扱っているのだから、編集者としてもそのうちの20本ぐらいなら、なんとでもなると思っていたのかもしれない。


さすがに12月頭には原稿を出すと、今度はゲラが戻ってくる。1日1本で、内容を補足するイラストが付けられている。この時点で、これは面白い本になると思った。ときに先生からのチェックで修正原稿を書くこともあったが、1月はじめには校了


そして忘れていた頃に、できあがった本が一冊届いた。本の顔がとてもよい。中身をパラパラめくると、そのまま引きつけられて読んでしまう。決して自画自賛などではなく、他の方が書かれた原稿が実に興味深い内容なのだ。


わかっているつもり、そんなの当たり前と思っていることを、科学的に説明すると、どうなるのか。小学校4年生の子どもがわかるように書かれている。


自分は何のために書くことを仕事にしているのか。その意味を、改めて教えてもらったような気がした。何も知らない誰かのために「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」伝える仕事。やっていたよかったと思いました。


昨日のI/O

In:
『ヒトの脳にはクセがある』
Out:
某原稿下書き8枚
某原稿下書き10枚

昨日の稽古:

基本稽古・ミット稽古・受け返し